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理学部ニュース

~ 大学院生からのメッセージ~
10-13秒の光で物質を制御する



小川 和馬 Kazuma Ogawa
物理学専攻
博士課程1年生
出身地
神奈川県
出身高校
片山学園高等学校
出身学部
東京大学理学部

1秒のわずか10兆分の1という短い時間の光を用いて物質を超高速に制御できるのか?私が光物性物理の分野に興味を持ち始めたのは,このような高速性を追求した光を用いる世界が魅力的だと感じたからだ。光物性の分野では頻繁に「ポンプ・プローブ」と呼ばれる手法が用いられるが,これは光を照射して物質を励起(ポンプ)し,別の光でその状態を観測(プローブ)することを意味する。用いる光はレーザーから出射される光パルスであり,100 fs (10-13 s)程度の時間の短さのものである。つまり,ポンプ・プローブ法は,目には見えない一瞬の速さの光で物質を駆動し,そのタイムスケールでの変化を測定できる優れた手法である。物質を触らずに遠隔で光を当てるだけで物性を制御/観測するこの技術に私は今でも感心している。

私が行う研究は磁性ワイル半金属を対象としたものだ。ワイル半金属とは,その特殊な電子状態によって,通常の金属や半導体とは異なる特有の電磁気応答が発現する。中でも磁性ワイル半金属は磁石のような何かしらの磁気秩序を保有しているワイル半金属のことであり,磁化と電磁気応答が特殊な相互作用を示すことが多い。例えば,永久磁石のような強磁性体に磁化と垂直な向きに電流を流すと,電流と磁化とは垂直に電界が生じる。これは異常ホール効果と呼ばれ,物性物理学でよく知られている。磁性ワイル半金属ではこの異常ホール効果が,その特殊な電子状態によって,桁違いに大きくなる傾向がある。私が研究に用いている磁性ワイル半金属Co3Sn2S2も物質最大級の異常ホール効果が報告されている。近年では,このような物質の省電力デバイスや量子コンピュータなどへの応用が期待されており,その特殊な物性を制御する研究が盛んに進められている。

光照射によって磁性ワイル半金属の電子状態を制御している模式図(上)と Co3Sn2S2薄膜の磁化を照射する光の偏光によって制御したことを示す磁気光学像
(下)。N. Yoshikawa, K. Ogawa et al., Commun. Phys., 5, 328 (2022) のデータから作成

そこで私の研究では,目では見えない中赤外光領域の円偏光の超短パルスを用いて磁性ワイル半金属Co3Sn2S2の薄膜を光制御することを目指した。直線偏光では光の進行方向に対して垂直なある一方向に電場が振動し電磁波として伝搬する一方で,円偏光は電場の振動方向が,光の進行方向に対して垂直な面内で一定の速さで回転している光のことを言う。また,円偏光にはこの振動方向が回転する向きによって,右回り円偏光と左回り円偏光の2種類のヘリシティがある。Co3Sn2S2薄膜は面直方向に磁化を持つ強磁性体であるが,中赤外光を照射すると,偏光に応じて照射領域の磁化を制御できることが,磁気光学イメージングを通して判明した(図)。これは磁性ワイル半金属の磁化を光だけで不揮発的に制御した初めての実験例であり,その特殊な電子状態がもたらす特異な電気的あるいは磁気的特性を光で制御できることを意味している。現在は,この光技術を応用し,磁性ワイル半金属特有の性質を調べる研究に取り組んでいる。このような超高速な光を用いた物性物理の研究から,私たちの身の回りの自然科学の理解が進み,デバイスなどの応用につながるだろう。

 

 

理学部ニュース2023年7月号掲載

 

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