理学系研究科長・理学部長からのご挨拶
理学(science)は、私たちを取り巻く自然界の理(ことわり)を探究する学問分野であり、いわゆる自然科学の中核をなします。数学、物理学、化学、生物学、地学などの基礎分野を柱として、自然界で生起する諸現象や自然法則の理解をめざす、人類の純粋な知的好奇心に根ざした営みです。「知りたい」という思いこそが理学研究の出発点であり、その探究を通じて普遍的な真理への理解を深め、知の体系化を進めながら、人類の世界観の形成に大きく寄与してきました。理学は社会の役に立つことを第一の目的とする学問ではありません。しかし、そこで得られた知見は、長い年月を経て、あるいは思いがけない形で、産業や社会の発展に大きく貢献してきました。人類はこうした知をさまざまな形で応用することによって、現代文明の礎を築いてきたといえます。
東京大学は1877年(明治10年)に創設されました。理学部は、法学部・文学部および医学部とともに創設当初から設置された4つの学部の一つです。現在、理学部には10の学科(数学科、情報科学科、物理学科、天文学科、地球惑星物理学科、地球惑星環境学科、化学科、生物化学科、生物学科、生物情報科学科)があり、大学院理学系研究科には5つの専攻(物理学専攻、天文学専攻、地球惑星科学専攻、化学専攻、生物科学専攻)が置かれています。理学系研究科・理学部では、理学の主要分野を網羅し、世界最先端の研究と教育を展開しています。
理学には、人類の世界観や価値観に深い影響を与え、人々に大きな夢をもたらす側面があります。宇宙や生命の起源と進化をめぐる問いは、その象徴的な例です。たとえば太陽系外惑星の発見は、私たちの宇宙観を大きく変えました。地球や太陽系のような惑星系も、宇宙には広く存在することが明らかになりつつあります。現在、太陽系外惑星の大気に生命活動の痕跡を探ろうとする観測研究や将来計画が、世界中で精力的に進められています。このような、人類の世界観を大きく変えうる科学的探究は、理学の魅力を象徴するものといえます。
一方で、現代社会を支える多くの革新的技術も、その源流をたどれば基礎科学の研究に行き着きます。レーザー、半導体、MRI(磁気共鳴画像法)、mRNAワクチン、AIなどは、かつては直接的な実用性が見えにくかった基礎研究から生まれたものです。量子コンピュータや核融合エネルギーといった次世代技術も、基礎科学の発展の上に築かれています。このことは、基礎科学の研究が、たとえすぐには役に立たなくても、長期的には非常に重要であることを示しています。
歴史を振り返れば、時代を変える発見の多くは、若い研究者の大胆な発想と飽くなき好奇心から生まれてきました。理学系研究科・理学部が何よりも大切にしているのは、次世代の研究者が、失敗を恐れず、前例にとらわれることなく、未知の問いに果敢に挑戦できる環境を守ることです。ここで学び、研究する学生や若手研究者の中から、将来、人類の自然観を塗り替えるような画期的な成果を生み出す研究者が育つこと——それこそが私たちの重要な使命です。
2027年(令和9年)は、東京大学および理学部の創設から150周年にあたる節目の年です。150年にわたる歴史の中で、理学系研究科・理学部は、ノーベル賞受賞者をはじめとする世界をリードする研究者や、社会のさまざまな分野で活躍する優秀な人材を輩出してきました。私たちは2002年に制定した「大学院理学系研究科・理学部憲章」に掲げる「知の創造と継承」「人材育成」「自律と体制」「差別・偏見の排除」「社会貢献」という理念のもと、これからも世界最高水準の教育・研究を追求するとともに、国際化や多様性・公平性・包摂性の推進に努めながら、自然界の謎を問い続け、人類の知の地平を切り拓いてまいります。


