実験室からのぞくビッグバン元素合成

早川 勢也(原子核科学研究センター 特任助教)

山口 英斉(原子核科学研究センター 講師)

 


今みなさんの手元にはスマートフォンがあるかもしれない。そのバッテリーに使われるリチウムの一部は,138億年前のビッグバン開始直後数分ですでに合成されていた。陽子(p)中性子(n)の混沌から始まるビッグバン元素合成は,水素やヘリウムが主生成物である。その同位体(1, 2H, 3, 4He)の生成量を計算すると,観測とひじょうに良く一致し,ビッグバン理論の成功を顕示している。一方で,ヘリウムからの副生成物とも言える7Liは, その理論推定量が観測のそれの3倍程度になってしまうという,「宇宙リチウム問題」が長年の未解決問題となっている。

古い世代の星の観測からの7Li量推定に問題があるのか?標準的なビッグバン理論では記述しきれていない物理現象があるのか?そもそも,元素合成計算に必要な熱核反応率データが不十分な反応もあり,実験による検証が今なお原子核物理学者らによって続けられている。

ビッグバン元素合成では,7Liは生成されたそばから大量に存在する陽子と容易に反応して,2つの4Heに分解してしまう。一方, 3He+4Heから生成される7Beは,半減期53日で7Liに変換する「不安定核」だが,20分ほどしか続かないビッグバン元素合成後まで生き残ることができる。つまり,7Li生成量を知るには,7Be量を増減する原子核反応の起こりやすさを調べなければならない。7Be量を増やす反応は比較的よくわかっている一方で,7Be量を減らす7Be+n反応が近年注目されている。おもな生成物はp+7Liまたは4He+4Heである。前者は一見7Li量を増やすようだが,前述のように,続く陽子との反応で7Liはやはり「減らされる」。

図:ビッグバン元素合成とトロイの木馬法実験の概略。左図には本実験で測定した7Beの生成量を減らす働きのある原子核反応が,赤い矢印で示されている。右図にはトロイの木馬法実験の概念図と,対応する実際のセットアップの写真をいくつか載せてある。本実験の測定データを用いた計算で,ビッ グバン元素合成後の7Li量の観測 推定量に一歩近づくことができた。  

しかし,不安定核同士である7Beと中性子の反応をどう測定したらよいだろうか。われわれは,中性子と陽子が結合した重陽子を標的として用い,7Beをビームとして入射する「トロイの木馬法」という間接手法を応用した。その命名は,木馬の中(重陽子)に紛れて城壁の中(目的の反応)へ兵士(中性子)を送り込む,というギリシャ神話のトロイの木馬に因む。この実験によって,7Be+n→p+7Li反応における7Li第一励起状態の寄与が,基底状態のそれの10–15%ほどあることを初めて明らかにした。つまり, ビッグバン中で7Beは思っていた以上に壊れることになる。新しい熱核反応率をビッグバン元素合成計算へ適用した結果,7Liの推定生成量が1割ほど下方修正されることがわかった。

今回の研究で,宇宙リチウム問題の完全解決には至っていないが,少なくとも今まで見逃していた情報を,比較的小規模な原子核実験で拾い上げることができた。一つ不確実性が解消した今,問題解決には天文学,宇宙物理学,原子核物理学間のさらなる協力が必要である。

 本研究は S. Hayakawa et al., The Astrophysical Journal Letters 915, L13 (2021) に掲載された。

(2021年7月1日プレスリリース)

理学部ニュース2021年11月号掲載


 

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