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Press Releases

DATE2021.07.01 #Press Releases

ビッグバンで生成されるリチウム量の矛盾、解決へ一歩前進

 

早川 勢也(原子核科学研究センター 特任助教)

山口 英斉(原子核科学研究センター 講師)

 

発表のポイント

  • ビッグバン元素合成(注1)による7Liの推定量が観測量の3 – 4倍程度多い「宇宙リチウム問題」に関わる原子核反応断面積の測定を行い、7Liの推定量が1割ほど下方修正される可能性を示した。
  • 直接測定の難しい不安定核同士の反応 (7Be + 中性子) を、トロイの木馬法(注2)という間接手法を用いて測定し、今まで知られていなかった7Liの第一励起状態への遷移の寄与を初めて定量的に示した。
  • 宇宙リチウム問題の解決に向けて、実験による明らかな7Li推定量の減少を提言できたことは、大きな前進と言える。また、本実験手法は、今後他の中性子 + 不安定核反応測定への応用も期待される。

 

発表概要

ビッグバン元素合成 (Big Bang Nucleosynthesis, 以下BBN) による水素やヘリウムの同位体の推定生成量は、観測と非常に良く一致することから、標準ビッグバン理論を支持する大きな証拠の一つとされる。一方で、リチウムは生成量はずっと少ないものの、理論・観測の不定性をそれぞれ慎重に考慮してもその推定値が観測値の3 – 4倍になってしまうという、「宇宙リチウム問題」が長年未解決のままである。

BBN中において壊れやすい7Liの生成量は、親核となる7Beのそれが鍵となる。近年いくつかの実験的進展があるものの、BBNに新たな制限をかけるような結果は報告されていない。

東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センターの早川特任助教、山口講師らは、7Beの生成量を減らす働きのある7Be + 中性子反応の断面積測定を行い、これまで未測定であった7Li第一励起状態への遷移の寄与によって、7Liの推定量が1割ほど下方修正される可能性を示した。この研究では、トロイの木馬法という間接手法を応用し、直接測定の難しい中性子と不安定核の反応測定を実現した。

宇宙リチウム問題の解決に向けさまざまな理論的提案がある中で、実験による明らかな7Li推定量の減少を提言できたことは解決へ一歩前進したと言える。また、本実験手法は、今後他の中性子 + 不安定核反応測定への応用も期待される。

 

発表内容

研究の背景
標準的なビッグバン理論は現在広く支持されているが、その決定的な証拠の一つがビッグバン元素合成 (BBN) である。しかし、前述の通り軽元素合成の全体的な描写は観測と矛盾なくできるものの、リチウムについては、その生成量の理論推定値と観測推定値の差異を説明できない「宇宙リチウム問題」がある。問題の解決には、初期宇宙の低金属量星の観測から推定される原始7Li量、宇宙マイクロ波背景放射観測から導かれるバリオン/光子数比、そして、原子核反応データに基づくBBNモデル計算のそれぞれに矛盾がないか検証されなければならない(図1)。

図1:BBNによる7Li生成量のバリオン/光子数比依存性 (C. Pitrou et al. Phys. Rep. 754 (2018) 1 – 66)。理論的に計算される7Li量と低金属量星観測からの推定値との差異が宇宙リチウム問題である。本研究による新たな7Li推定量も重ねて (赤線) 示されている。

 

原子核物理学的観点としては、BBN中は生成された7Liは大量に存在する陽子と反応して、すぐに2つの4He粒子に分解してしまう。一方、同重体の7Beは20分程度続くBBNの終了後まで生き延び、半減期53日の電子捕獲によって7Liに変換され安定する。つまり、BBNにおける7Li生成量を決めるのはむしろ親核の7Beであり、7Be生成量の増減に関わる原子核反応の反応断面積が重要となる(図2)。

図2: BBNで重要な反応過程と本研究で測定した反応の役割。

 

近年、7Be生成量に関わるいくつかの原子核反応実験がイタリアINFN-Bariのグループらや、京都大学のグループらなどによって相次いで報告されている。実験原子核物理の観点からは重要な進展であるものの、BBNに新たな制限をかけるほどの結果は報告されていない。また、最も影響力のある7Be + n → p + 7Li反応(注3) は基底状態への遷移 (p0 + 7Li) のみ長らく議論の対象で、第一励起状態への遷移 (p1 + 7Li*) (注4) がどれくらいの寄与を持っているか測定されていないままでいた。

7Be + n反応の測定で十分な実験データが得られていない理由のひとつは、その両者が不安定核であることにより、ビーム + 標的として反応を直接測定するのが難しいためである。本研究では、7Be生成量に大きく影響する7Be + n → p + 7Li, 7Be + n → 4He + 4He反応の断面積を測定した。

 

研究内容
東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センターの早川特任助教、山口講師らと、イタリア国立原子核物理学研究所 – 南部国立研究所 (INFN-LNS)、韓国の成均館大学校などからなる国際共同研究グループは、7Beの生成量を減らす働きのある、7Beの中性子捕獲反応の断面積測定を行い、これまで未測定であった7Li第一励起状態への遷移の寄与によって、7Liの推定量が1割ほど下方修正される可能性を示した。この研究は、トロイの木馬法(注2)という間接手法を応用し、直接測定の難しい中性子と不安定核の反応測定を実現した最初の例のうちの一つである。

トロイの木馬法では、中性子の代わりに重水素標的を用い、7Be + d → p + p + 7Li, 7Be + d → p + 4He + 4He反応の準自由反応過程(注5) の寄与を運動学的に選択することにより、上記の7Be + n → p + 7Li, 7Be + n → 4He + 4He反応の断面積を導くことができる (図3)。

図3:実験セットアップ(左)とトロイの木馬法の概念図(右)。

 

実験は、理化学研究所の仁科加速器研究センターのAVFサイクロトロンからビーム供給を受ける、東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センターの放射性同位体ビーム生成装置、Center-for-Nuclear-Study Radioactive Isotope Beam separator (CRIB, (注6) ) で7Beビームを生成・分離して行った。7Beビームを重水素標的 (重水素化ポリエチレン) に照射し、原子核反応を経て放出される7Li – pおよび4He – 4Heのペアを6組のシリコン検出器で検出した(図3)。検出した粒子の位置およびエネルギーの情報から準自由反応過程のイベントを抜き出し、7Be + n → p + 7Li, 7Be + n → 4He + 4He反応断面積を導き出した (図4)。

図4:本実験で測定した断面積 (×重心系エネルギー1/2) データと過去データとの比較。R行列解析によるフィットも共に描写されている。垂直矢印の位置は主な共鳴準位を示している。水平矢印は典型的なBBN温度 (0.7 GK) で重要なエネルギー範囲を反応チャンネルごとに示している。本研究では、7Liの第一励起状態へ遷移するp1 + 7Li*チャンネルの寄与をBBNエネルギー領域で初めて測定しそのBBNでの7Li生成量への影響を見積もった。

 

実験で得られた断面積データは、過去の利用可能なデータとともに、複合核である8Beの共鳴構造(注7) を考慮したR行列解析(注8)によってフィットし、10 meV – 1 MeVの広いエネルギー範囲で連続的に断面積を導き出した (図4)。これを用いて得られた熱反応率をBBN計算に適用した結果、従来用いられていた7Be + n → p + 7Li反応率を本研究のものに置き換える(図5)と、リチウム – 水素数比7Li/Hが5.63+0.22-0.24 × 10−10から5.18+0.22-0.25 × 10−10へと減少することがわかった (図1)。初期天体のリチウム量の観測から外挿した推定値は7Li/H = 1.58 ± 0.3 × 10−10であるため、宇宙リチウム問題を完全に解決するにはさらに他の要因が必要であることは明らかだが、BBNの他の条件を何も変えずに7Li/H値を1割程度減らすことを実験的に示すことができたのは、今後問題解決を正しい方向へ導くのに役立ちうると期待している。

図5:7Be + n → p + 7Li反応率の比較。本研究の反応率はBBN計算に広く使われているCyburt 2004反応率と比べるとより高く、先行実験のDamone 2018反応率 (INFN-Bariグループ) と比べると不定性を大きく改善していることがわかる。

 

社会的意義・今後の予定
宇宙リチウム問題についてはさまざまな解決法が理論的に提案されているが、未だ総意は得られていない。実験による明らかな7Li推定量の減少を提言できたことは、問題解決に向けて一歩前進したと言える。また、本実験手法は、今後他の中性子 + 不安定核反応測定への応用も期待される。本研究は純粋な科学的興味に動機付けられているが、産業で利用される元素の起源を明らかにすることは、それぞれがいかに貴重で壮大な宇宙の旅を経て我々の手元にあるか、ということを思い起こさせるという意味で、社会的意義があると考えている。

 

発表雑誌

雑誌名
Astrophysical Journal Letters
論文タイトル
Constraining the Primordial Lithium Abundance: New Cross Section Measurement of the 7Be + n Reactions Updates the Total 7Be Destruction Rate .
著者
S. Hayakawa*, M. La Cognata, L. Lamia, H. Yamaguchi, D. Kahl, K. Abe, H. Shimizu, L. Yang, O. Beliuskina, S. Cha, K. Y. Chae, S. Cherubini, P. Figuera, Z. Ge, M. Gulino, J. Hu, A. Inoue, N. Iwasa, A. Kim, D. Kim, G. Kiss, S. Kubono, M. La Commara, M. Lattuada, E. Lee, J. Y. Moon, S. Palmerini, C. Parascandolo, S. Park, V. H. Phong, D. Pierroutsakou, R. G. Pizzone, G. G. Rapisarda, S. Romano, C. Spitaleri, X. D. Tang, O. Trippella, A. Tumino, and N. Zhang.
DOI番号
10.3847/2041-8213/ac061f
アブストラクトURL

 

用語解説

注1: ビッグバン元素合成

宇宙開闢後の膨張に伴って、原子核が結合できる程度まで温度が下がっていくと (ビッグバン開始後約3分、< 109 K)、陽子と中性子が一つずつ結合した原子核である重水素が十分な量存在できるようになり、その先の元素合成の足がかりとなる。さらに膨張が進み、宇宙の物質密度が元素合成にとって小さくなりすぎるまで (ビッグバン開始後約20分) に、水素、ヘリウム、リチウムなどの軽い元素の同位体が生成される。

注2: トロイの木馬法

トロイの木馬法とは、適切な代替核を選び (陽子または中性子捕獲反応なら重陽子標的)、直接測定の難しい宇宙核物理上重要なエネルギー領域 (典型的には < 1 MeV、原子核実験としては「低エネルギー」の部類に入る) で反応断面積を測定できる間接手法である。重陽子中の核子との”準自由”な仮想反応を運動学的に選択することでこれが可能になる。共同研究者である、イタリア・カターニアのINFN-LNSのグループらによって主に開発されてきた。ギリシャ神話になぞらえて、トロイの木馬 (重陽子) が城壁 (クーロン障壁) の影響を受けずに兵士 (陽子または中性子) を送り込み反応を測定できるため、歴史的には陽子捕獲反応へ主に応用されてきたが、原理的にはクーロン障壁のない中性子捕獲反応へも応用が可能で、本研究は不安定核 + 中性子反応へトロイの木馬法を応用した最初の試みのうちの一つである。

注3:  7Be + n → p + 7Li反応

一見7Li量を増やすかのように見えるが、BBN中は生成された7Liはただちに7Li + p →4He + 4Heで壊されてしまうため、この反応過程もやはり7Li量を減らす方向に働く。(図2参照。)  

注4:  第一励起状態への遷移 (p1 + 7Li*)

7Be + n反応によって生み出される7Liは量子力学上エネルギーの一番低い基底状態と、エネルギー的に励起されている状態を取ることが可能であり、それぞれの場合で反応断面積が異なる。本研究では後者を初めて測定した。

注5:  準自由反応過程

ここでは、重陽子中の陽子の運動量分布が反応の前後で変わらない (つまり反応に関与しない”傍観者”である) 状態を言う。これは、実験データから実際に確かめられる。 

注6:  CRIB

CRIB(Center for Nuclear Study Radioactive Ion Beam separator)は低エネルギー不安定核ビームを生成・分離するための装置であり、そのエネルギー特性 (典型的には核子あたり数MeV) から、天体核反応や、原子核のクラスター構造などを研究するために主に使われる。

注7:  8Beの共鳴構造

原子核反応における共鳴とは、ある反応エネルギーにおいて反応の起こりやすさ (反応断面積) が急激に増大する現象で、7Be + nの共鳴はその複合核8Beの励起準位の構造によって大きく影響を受ける。

注8:  R行列解析

R行列理論とは、原子核反応を複合核内外の境界条件に基づいて量子力学的に記述し、共鳴散乱現象を表現する枠組みである。この理論を用いた解析では、実験で得られた反応/散乱断面積の励起関数を、共鳴を特徴づけるエネルギー固有値、スピン・パリティ部分幅などのパラメータを元に直接計算できるという利点がある。