~ 大学院生からのメッセージ~
花と送粉者の秘密のやりとり
砂川 勇太 |
生物科学専攻 修士課程2年生 |
出身地 静岡県 |
出身高校 県立浜松北高等学校 |
出身学部 東京大学理学部 生物学科 |
日の沈んだ森。目を凝らしても,見えるのは暗闇。沢の流れる音を聞きながら,花のそばでただじっと待つ。そろそろどうかと懐中電灯を照らすと,そこには黄色い花粉の塊をつけた小さな虫がいた。きたっ。激しい胸の昂りを抑え,カメラを構え,シャッターを切る。写ったのは今まで誰も見たことのない光景だった。——
花はどうして咲くのか。それは花粉を運んでもらうためである。花はそれぞれに特徴的な色や形,匂い,咲き方をしながら花粉を運ぶ昆虫などの動物(送粉者)を待っている。
現在地球上に見られる花の多様性は,植物が送粉者を効率よく花に誘うように進化してきた結果である。その最も見事な例がラン科植物だ。ラン科は世界に25,000種以上知られる被子植物最大の科の一つであり,さらにひじょうに多様な花形態をもつことで知られている。進化論で名高いチャールズ・ダーウィンが『種の起源』の中で論じたように,この多様性は送粉様式の多様性によって,すなわちさまざまな送粉者に対して花が特殊化してきたことで生じたと考えられている。たとえば,送粉者への報酬となる蜜を出さずに他の花に擬態してハチを誘引するラン,赤黒い花をつけ,腐ったような匂いを出して死肉などに集まるハエを誘引するラン,さらには雌のフェロモンと似た物質を花から出して交尾相手を求める雄バチを誘引するランなど,どれも型破りな方法ばかりである。しかしながら,現時点で送粉様式が解明されている種はラン科全体の1割にも満たず,われわれの知らない,常識を覆すような生態がまだまだ隠れている。今この瞬間もどこかで人知れず「花と送粉者の秘密のやりとり」が行われている。それらを解き明かすべく,私は日々研究をしている。
研究は植物の自生する野外での調査が多い。調査では山に登り,雨に打たれ,凍えながら森の中で夜を明かすこともある。時に心身ともに堪える場面もあるが,それでも自然の中で生き物の生き様に実際に手で触れ,鼻で嗅ぎ,耳で聞くことによって初めてわかることがたくさんあると私は感じる。そして待望の瞬間が訪れ,謎が解けたとき,その感動や興奮は格別である。
冒頭のくだりは,私がラン科で世界最小級の花をつけるヨウラクランの送粉者であるタマバエを見つけた場面である(2024年4月プレスリリース)。送粉者はわかったものの,なぜこのタマバエだけがヨウラクランの花に訪れるのかはまだ分からない。現在私は,ヨウラクランとタマバエの「秘密のやりとり」の全貌を明らかにすることを目指している。
A)ラン科で最小級の花をつけるヨウラクランの花序,B)頭に黄色い花粉塊をつける送粉者のタマバエ
私は花が好きである。美しく,かわいく,かっこいい姿に魅了されている。今の研究分野を選んだ理由も当然,「花が好きだから」である。周りからは「好きなことしているのはいいね」とよく言われる。自分の「好き」「面白い」「知りたい」を追求することができる場所こそが「理学」の場だと私は思う。今風に言えば,これは私の推し活である。推し活を本業にできるなんて,なんていい生活だろう。