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Press Releases

DATE2024.03.30 #Press Releases

世界最小級のラン科植物の送粉者を解明

――世界初のラン科植物におけるタマバエの送粉の報告――

砂川 勇太(生物科学専攻 修士課程)

望月 昂(附属植物園 助教)

川北 篤(附属植物園 教授)

発表のポイント

  • 日本に自生するラン科植物で世界最小級の花(約2mm)をつけるヨウラクランが、双翅目昆虫のタマバエによって送粉されることを野外観察から明らかにした。
  • ラン科においてタマバエによる送粉が示された例は初めてであり、タマバエによって送粉される植物としては11科目の報告である。
  • ラン科において小型の花をつける種の多様性はとても高いが、そのほとんどにおいて送粉様式が明らかになっていない。本研究結果は、ラン科における微小な花の進化を理解する上で重要な手掛かりとなる。


ヨウラクランの世界最小級の花


発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の砂川勇太大学院生、同附属植物園の望月昂助教川北篤教授は、ラン科植物で世界最小級の花(注1)をつけるヨウラクランが双翅目昆虫(注2)のタマバエによって送粉されることを明らかにしました。ラン科においてタマバエによる送粉が示されたのは初めてです。

ラン科は約26,000種を含む被子植物最大の科の一つであり、大小様々で非常に多様な花形態を持つことで知られます。花屋で見かけるコチョウランやカトレアなどの大型の花をつける種が馴染み深いですが、ラン科全体を見渡すと1cm前後のとても小さな花をつける種の多様性が特に高いことがわかっています。しかしどうしてこのような小さな花を持つ種が進化してきたのかはほとんど分かっていません。

タマバエは昆虫で最も種数の多いグループの一つであり、そのほとんどが様々な植物に虫こぶ(注3)を形成することからタマバエと植物の間にはとても深い関係があると考えられています。しかし、送粉者としてタマバエを利用する植物はあまり報告されておらず、本発表が11科目の報告です。

本研究結果は、日本の野生植物に秘められた興味深い生命現象を明らかにするものであるとともに、ラン科の花の多様性を理解する上で重要な手掛かりを与えるものです。


図1:ヨウラクランに訪花するタマバエ(矢尻)

発表内容

〈研究の背景〉
ラン科は被子植物最大の科の一つであり、多様な花形態を持つことで知られます。これは多様な送粉者への適応進化を反映していると考えられ、チャールズ・ダーウィンをはじめ多くの研究者が注目してきました。しかし、Ackerman et al.(2023)によるとラン科全体の90%以上の種で送粉者が未解明であり、温帯/熱帯アジア分布種、着生種、そしてしばしば双翅目昆虫に送粉される小型の種については特に研究が遅れているとされています。

ヨウラクラン属Oberoniaは東アジアを含む旧熱帯地域(注4)に150–300種ほどが分布する着生性のランで、穂状花序に直径約2mmのラン科で最小級の花をつけることで知られます。その花の小ささゆえに送粉生態は長らく不明であり、ここまで微小な花をもつ理由は謎に包まれていました。


図2:微小なヨウラクランの花と自生する様子
左図の目盛は1mm。右図は梅の枝に着生し、ぶら下がるように咲く様子。

〈研究の内容〉
調査対象としたヨウラクランO. japonicaは宮城県以南の本州〜琉球、韓国、台湾に分布し、Oberonia属の北限種に該当します。2022年に愛知県の自生地において26.5時間の直接観察を行った結果、夜間(20:00–6:00)に微小な双翅目昆虫が多数花を訪れることを確認しました。採集した訪花者計135個体のうち128個体(95%)が体長2mmほどのタマバエであり、全て雌の個体であることを確認しました。またタマバエの多くの個体が頭部にヨウラクランの花粉塊(注5)を複数個付着させており、これはタマバエがヨウラクランの唇弁(注6)の付け根に見られる凹み構造に口器を差し込む“吸蜜様行動”の過程で付着したものと考えられます。花から花へ次々と移動しながら花粉塊を運び、柱頭に花粉塊が残る様子も観察されたことから、タマバエがヨウラクランにとって有効な送粉者であると考えられます。ラン科では特定の動物種に送粉を委ねる特殊化した送粉様式が卓越していることが知られますが、このようにタマバエによる特異的な送粉が示された例は初めてです。

タマバエ科は動物界で最も種数の多い科の1つで、虫こぶの形成を介した植物との相互作用がよく知られています。その一方でタマバエによって送粉される植物は現在10科でしか知られておらず、タマバエの送粉者としての生態を理解する上でも本研究結果は貴重な事例であると言えます。


図3:タマバエが多数の花粉塊を運ぶ様子(左)とタマバエの吸蜜様行動(右)
左図の白矢印がタマバエ頭部に付着した花粉塊、黄矢印が柱頭に受粉した花粉塊。

ヨウラクランがどのようにしてタマバエを誘引しているのかについてはまだ分かっていません。タマバエの体色にも似たオレンジの花色や、花から発せられる独特な匂いが誘引に寄与しているのか、花から蜜などの報酬はでているのか、などを調べることがこの特殊な送粉生態を理解する上で重要です。

ラン科では擬態により送粉者を誘引(注7)する例が数多く知られています。ヨウラクランに訪れたタマバエのほとんどが同一形態種(注8)の雌であったことから、このタマバエの雌が本来誘引される何かに花が擬態している可能性が考えられます。送粉者であるタマバエの生活史を踏まえてさらに調査を続けることでさらなる新発見に繋がるかもしれません。

〈今後の展望〉
長いラン科の送粉研究史の中で、双翅目昆虫に送粉される小型のランの研究は遅れており、双翅目昆虫がランの花の進化に与える寄与も過小評価されてきました。今後も微小なランの送粉様式の解明を進めていくことで、送粉者への適応によるラン科の花の多様性の理解がより一層深まることが期待されます。

〇関連情報:
「被子植物で稀な暗赤色の花の進化的背景を解明」(2023/08/24)

論文情報

雑誌名 Ecology
論文タイトル
Pollination of Oberonia japonica (Orchidaceae) by gall midges (Cecidomyiidae)
著者
Yuta SUNAKAWA*,Ko MOCHIZUKI, Atsushi KAWAKITA
DOI番号

10.1002/ecy.4293

研究助成

本研究は、科研費「花組織報酬型送粉シンドローム(課題番号:20H03306)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  世界最小級の花
世界最小のランは明確になっておらず、中央アメリカに生育するPlatystele属(小さいもので直径約2mm)とOberonia属が並んで世界最小級の花をもつと考えられている。

注2  双翅目昆虫
ショウジョウバエやイエバエ、アブ、カ、ガガンボなどを含む、飛ぶための翅を2枚持った昆虫のグループのこと(Diptera)。ハエ目ともいう。タマバエはカに比較的近いグループである。

注3  虫こぶ
昆虫によって作られる植物の葉や茎などにできる“こぶ”状の組織。タマバエの他にハチの仲間のタマバチや、カイガラムシ、ダニなどによって作られ、多くの場合虫こぶの中にできる空洞はそれらの昆虫の生活場所に利用される。

注4  旧熱帯地域
ユーラシア大陸周辺のオセアニアからアジア、アフリカに含まれる熱帯地域。新大陸における新熱帯地域に対してそう呼ばれる。

注5  花粉塊
ラン科のほとんどが共通して作る、多量の花粉が団子状にまとまったもの(pollinia)。粘着体という粘着性がある組織を介して送粉者の体に付着し別の花の柱頭へ運ばれる。通常複数個がまとまった単位(pollinaria)で運ばれ、1つの花からは1つ(または2つ)のpollinariaが運ばれる。

注6  唇弁
ラン科の花が持つ特定の花弁の名称。図2左図のように花を正面から見たときに真下に伸びた花弁のことで、種ごとに形が非常に多様である。ラン科はユリと同じ単子葉類であるため花弁と萼片を合わせた6枚の花被片をもち、唇弁の左右の2枚は側萼片、その上の左右2枚は側花弁、唇弁と反対側に真上に伸びた1枚は背萼片と呼ぶ。

注7  擬態により誘引
ラン科で卓越する送粉者の誘引方式。蜜などの報酬を出さずに周囲の花に擬態して蜜を求める昆虫を誘引する食糧擬態(food mimicry)、昆虫の産卵場所に擬態して卵を産む昆虫を誘引する産卵場所擬態(brood-site mimicry)、メスの昆虫に擬態することで交尾をしに来たオスを誘引する生殖擬態(sexual mimicry)などが知られる。

注8  同一形態種
形態観察(翅の模様など)に基づき同一種と判断されたということ(morphospecies)。 タマバエの種同定は雌個体の形態からは正確に行うことができず、雄個体の形態やDNA情報を用いることが望ましいが本発表にはその結果は含まない。