世界最高の冷却性能を示す固体冷媒の開発
大越 慎一(化学専攻 教授)
エアコンや冷蔵庫などに用いられている冷却システムには主に気体冷媒が用いられている。 しかし,環境への負荷の低減という観点から,「固体冷媒」と呼ばれる新たな冷媒が期待されている。圧力刺激によって固体-固体間の相転移現象を誘起して熱の出し入れを制御する仕組みだ。どのような物質が高い性能を持つ固体冷媒になるのか?わたしたちは,固体–固体相転移を示すプルシアンブルー類似体に着目し,世界最高の冷却性能を示す固体冷媒の開発に成功した。
現在,発電所から供給される電力の20%はエアコンや冷蔵庫などの冷却に用いられており,人の営みにおいて冷却技術は重要な役割を果たしている。これまでの冷却技術では,ガス冷媒と呼ばれる気体と液体の間の相転移現象を利用している。このようなガス冷媒は,環境に負荷を与えることが危惧されており,脱炭素社会に向けて再生可能なクリーンエネルギーに転換していくグリーントランスフォーメーション(GX)および持続可能な開発目標(SDGs)という観点から固体冷媒が注目されている。
われわれの研究室では,金属錯体や金属酸化物を用いてさまざまな外部刺激応答型の固体-固体相転移現象を示す物質を多数開発してきた。特に,プルシアンブルー類似体と呼ばれるシアノ架橋型金属錯体(–M–C≡N–M’–)では,光や電場などによる相転移現象を観測してきている。本研究ではルビジウム–シアノ架橋型マンガン–鉄–コバルトプルシアンブルー注1に注目して,圧力誘起相転移現象に関する検討を行った。なお,母材となるルビジウム–シアノ架橋型マンガン–鉄プルシアンブルー注2は,2002年に大越らが初めて報告した物質である。この物質は,シアノ配位子の窒素原子がマンガンイオンに,炭素原子が鉄イオン(またはコバルトイオン)に配位した三次元ネットワーク(–Fe(or Co)–C≡N–Mn–)を構築し,ルビジウムイオンがその隙間に挿入された構造となっている(左図)。本物質の温度依存性を調べたところ,マンガンイオンと鉄イオンの間で電荷移動が起こることによる相転移が観測された。室温ではMnII–NC–FeIII相(高温相)の電荷状態を取るが,温度を下げると192 K でMnIII–NC–FeII相(低温相)に転移し,低温側から温度を上げると248 Kで低温相から元の高温相に戻る。この物質の圧力効果を調べたところ,圧力印加によって相転移温度が高温側に大きく移動することが観測された。この圧力誘起の相転移現象に関してその冷却サイクル性能を評価したところ,例えば,560 MPaにおける断熱冷却温度は−85 Kという世界最高の冷却温度であった。すなわち,88 ℃において圧力を解放すると3 ℃にまで冷却されるということを意味している(中央図)。また,340 MPaにおける断熱冷却温度は−74 Kであった。このようなたいへん大きな断熱冷却温度あるいは断熱加熱温度を実験的に検証するため,熱電対を用いた装置で測定を行った結果,圧力(440 MPa)印加による+44 Kという実測温度上昇と,圧力開放による−31 Kという実測冷却温度を観測した(右図)。これらの温度変化も世界最高の値である。さらに,繰り返し特性を調べるため圧力印加/開放を繰り返し行ったところ,100回繰り返してもその性能が劣化しないことが判明した。本研究は固体冷媒材料の分野における新たな可能性を拓くものであり,未来の冷却技術において大きな貢献をするGX材料であると期待されている。
注1:RbMn{[Fe(CN)6]0.92[Co(CN)6]0.08}·0.3H2O、注2:RbMn[Fe (CN)6]
本研究はS. Ohkoshi et al., Nat. Commum., 14, 8466(2023)に掲載された。