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Press Releases

DATE2023.12.27 #Press Releases

世界最高の冷却性能を示す固体冷媒の開発に成功

―圧力の印加と開放により史上最高の温度変化を示す無機固体物質を実現!―

大越 慎一(化学専攻 教授)

山本 義久(株式会社アイシン 取締役)

発表のポイント

  • 圧力印加と開放による断熱冷却温度(および断熱加熱温度)が史上最高の無機固体冷媒の開発に成功した。
  • 開発したルビジウムシアノ架橋マンガン-鉄-コバルト化合物は、圧力による断熱温度変化が、74 度(340 MPa)と 85 度(560 MPa)という巨大なバロカロリック効果を示した。直接観測された温度変化は+44 K(440 MPa)で、100 回以上繰り返しても性能が劣化しなかった。
  • 地球温暖化の原因となるなど環境に悪影響を与えうるガス冷媒に替わる、グリーントランスフォーメーションおよびSDGsに貢献する高性能な固体冷媒の実現が期待される。


ルビジウムシアノ架橋マンガン-鉄-コバルト無機化合物(RbMnFeCoプルシアンブルー)における巨大な断熱温度変化


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授(低温科学研究センター兼務)と、株式会社アイシンの共同研究チームは、筑波大学、大阪大学、株式会社モルシスと協力して、圧力印加による断熱冷却(および断熱加熱温度)が世界最高の固体冷媒の開発に成功しました。

研究チームは、新しい無機固体冷媒であるルビジウムシアノ架橋マンガン-鉄-コバルト無機化合物(RbMnFeCoプルシアンブルー(注1))が、圧力を印加したり開放したりすることで、温度が上昇および下降する効果(このような効果はバロカロリック効果(注2)と呼ばれます)を示し、340 MPaで74 K(57℃から−17℃)、560 MPaで85 K(88℃から3℃)という大きな可逆的断熱温度変化(|∆Tad,rev|)を示すことを見出しました。固相-固相転移冷媒の熱量効果の中でこの|∆Tad,rev|値は世界最大です。可逆冷媒容量(RCrev) は 26000 J kg−1 、温度窓(Tspan,rev)は142 Kでした。本物質は低圧でもバロカロリック効果を示し、例えば90 MPaでも|∆Tad,rev|= 21 Kという値を示します。さらに、熱電対を用いた実測装置を用いて、圧力印加することで+44 Kという大きな温度変化を観測しました。この結果から、高効率の固体冷媒の実現が期待されます。

発表内容

現在、発電所で発電される電力の20%は、エアコンや冷蔵庫における冷却に使用されています。ほとんどの冷却技術はガス冷媒の膨張圧縮を利用していますが、ガス冷媒は地球温暖化の原因となるなど環境に悪影響を与えうることが知られています。持続可能な開発目標 SDGsやグリーントランスフォーメーション(GX)の観点から、代替材料として、熱量効果を示す固体冷媒が注目されています。中でも、圧力を印加したり開放したりすることで熱量効果を発揮する圧力熱量(バロカロリック)効果材料が注目されています。本研究では、プルシアンブルーの一種である、ルビジウムシアノ架橋マンガン-鉄-コバルト無機化合物(以下、RbMnFeCoプルシアンブルーと呼称します)において、従来の値を大きく超える巨大な可逆的バロカロリック効果を見出したので報告します。

開発したRbMnFeCoプルシアンブルーは、シアノ基(–C≡N–)のN原子がMn原子に、C原子がFe(またはCo)に配位した三次元ネットワークを構築し、Rbイオンはその隙間に位置した構造となっています(図1a)。RbMnFeCoプルシアンブルーの温度依存性を調べると、温度ヒステリシスを伴った相転移(注3)が観測されました(図1b)。モル磁化率と温度の積(χMT、スピン数に比例)は冷却すると192 Kで急激に減少し、加熱すると248 Kで元の値に戻ります。これは、温度変化によって、MnII–NC–FeIII相(高温相)とMnIII–NC–FeII相(低温相)の間の電荷移動相転移(注4)が起こることによります。


図1:RbMnFeCoプルシアンブルーの結晶構造と電荷移動相転移
a
, RbMnFeCoプルシアンブルーの合成と結晶構造。マゼンタ、オレンジ、赤、青、薄い灰色、灰色の球は、それぞれRb、Mn、Fe、Co、C、Nを表す。
b, 5,000Oeの磁場下、常圧で測定したRbMnFeCoプルシアンブルーの温度ヒステリシスループ。DSC(下図)でも相転移挙動が観測された。

 

RbMnFeCoプルシアンブルーの電荷移動相転移に対する圧力効果を磁化測定により調べたところ、圧力によって温度ヒステリシスが大きく変化することが分かりました(図2a)。圧力に対する転移温度の変化量(dT/dp)を調べると、90 MPa以下で線形フィットしたdT/dp値は、1100 K GPa−1と非常に大きな値を示しました(図2b)。この値は、他のバロカロリック効果材料の値を大きく上回っています。


図2:温度ヒステリシスの圧力依存性
a
, 実験的に得られたχM T-Tプロットから変換したHT相分率の温度に対する温度ヒステリシス。400 K以上の線は、加熱過程におけるHT相分率曲線に基づくアイガイドである。
b, 冷却時の相転移温度 (▼)と加熱時の相転移温度(△)の圧力依存性

 

RbMnFeCoプルシアンブルーの冷却サイクル性能を評価するため、可逆的断熱温度変化(∆Tad,rev)、可逆的エントロピー変化(ΔSrev)(注5)、温度窓(Tspan,rev)、および可逆サイクルの冷媒容量(RCrev)を計算しました(図3)。冷却サイクルは以下のプロセスからなります。①等温条件下での圧力印加:高温相から低温相への相転移に伴う∆Srev(図3緑矢印)が生じます。②断熱条件下での圧力解放:エントロピー変化がない状態で高温相に戻り、∆Tad,revに相当するT1 からT2 への温度低下(図3青矢印)が起こります。③周囲への熱接触:RbMnFeCoプルシアンブルーは熱交換によって元の高温相の状態に戻ります。印加圧力が増加するにつれて、バロカロリック性能は大きくなり、560 MPaでは|∆Tad,rev| = 85 K、Tspan,rev = 142 K、ΔSrev = −212 J K−1 kg−1RCrev = 26000 J kg−1に達しました。


図3:RbMnFeCoプルシアンブルーにおける可逆的バロカロリック効果
PPMSとDSCによる熱容量測定と磁化測定による温度ヒステリシス測定から得られたRbMnFeCoプルシアンブルーの高温相と低温相のエントロピー対温度曲線。黒線は0.1 MPa (1 bar)でのエントロピー曲線、赤線はa, 560 MPa, b, 340 MPa, c, 280 MPa, d, 90 MPa(0.9kbar)でのエントロピー曲線を示す。黒とオレンジの斜線部分は、それぞれ0.1 MPaと高圧(560 MPa、340 MPa、280 MPa、90 MPa)における温度ヒステリシスループを示す。各図の上段と下段の挿入図は、それぞれ∆Tad,rev と ∆Srevの温度依存性を示している。水色の領域は可逆的バロカロリック効果領域を示す。緑色の縦矢印は等温加圧過程、青色の太い矢印は断熱圧力解放過程を示し、|∆Tad,rev|の値を示している。

 

観測された|∆Tad,rev|の59–85 Kという値は、固相-固相転移冷媒における熱量効果の中で最大です。例えば、340 MPa、|∆Tad,rev| = 74 Kの場合、RbMnFeCoプルシアンブルーはT1 = 330 K (+57 °C)からT2 = 256 K (−17 °C)まで系を冷却することができます。また、低圧で可逆的バロカロリック効果を実現することは極めて重要ですが、RbMnFeCoプルシアンブルーは90 MPa (0.9 kbar)という低圧でも、|∆Tad,rev| = 21 K、RCrev = 3700 J kg−1Tspan,rev = 38 Kという大きな値が期待されます。また、第一原理計算を用いた理論的計算においても大きな冷却効果が見出されました(図4)。


図4:RbMnFeCoプルシアンブルーにおける可逆的バロカロリックサイクルの概略図
熱膨張を考慮した第一原理フォノンモード計算によって得られた可逆的なバロカロリックサイクルに関する概略図。①等温条件下での圧力印加:高温相から低温相への相転移に伴うエントロピー変化が生じ、その際に熱を発生する。②断熱条件下での圧力解放:エントロピー変化がない状態で高温相に戻り、温度低下が起こる。③周囲への熱接触によって、元の高温相の状態に戻る。

 

圧力印加および圧力開放時の温度変化(ΔTobs)を実際に測定するため、熱電対を用いた自作装置(非断熱システム)を構築しました。図5aは、9 °C(282 K)で行った結果を示しています。圧力(440 MPa)を加えると、ΔTobs = +44 K(9 °C→ 53 °C)で温度が上昇し、圧力を開放するとΔTobs = −31 K(9 °C→ −22 °C)で温度が低下しました。このように、1サイクルで75 K(= +44 K + |−31| K)という非常に大きな温度変化が検出されました。このような温度変化は様々な動作温度で観測されました(図5b)。さらに、繰り返し特性を調べたところ、圧力印加/開放を100回繰り返してもその性能が全く劣化しないことが分かりました(図5c)。


図5:RbMnFeCoプルシアンブルーの圧力印加時と圧力解放時の温度変化(∆Tobs)の直接測定
a
, 左は熱電対を用いた実験セットアップの説明図。右は、9 °C(282 K)で測定された、圧力印加時(赤)と圧力解放時(青)に観測された温度変化(∆Tobs)。
b, ∆Tobs のエントロピー対温度曲線へのマッピング。黒とオレンジの斜線部分は、それぞれ0.1 MPaと440 MPaでの熱ヒステリシスループを示す。赤矢印は圧力を加えたときの∆Tobs、青矢印は圧力を解放したときの∆Tobs
c, RbMnFeCoプルシアンブルーの圧力を加えたときと解放したときのサイクル耐久性。上の数字はサイクル数を示す。青色の値は、560 MPaにおける(左)最初の3サイクル(1回目–3回目)と(右)最後の7サイクル(97回目–103回目)の圧力解放時の平均温度低下を示す。

 

固体冷媒を用いた冷却システムへの実装という観点からは、(1)高い熱伝導率、(2)低い動作圧力、(3)室温を越える広い温度窓が、不可欠です。(1)については、開発した物質はλ=20 W m−1 K−1 の高い熱伝導率を示すため、効率的なサイクル実現に適しています。(2)では、 低い圧力90 MPa(0.9 kbar)でも動作し、|∆Tad,rev| = 21 KおよびRCrev = 3700 J kg−1 を示します。(3) Tspan,rev = 142 Kという広い温度窓を持つため、冷却と加熱は1ステップで大きな温度差を発生させることができ、冷媒を段階的に組み合わせた複雑なシステムを要するカスケード法などを用いる必要がありません。具体的には、例えば、100℃から25℃への瞬間冷却や、25℃から−50℃への瞬間凍結を実現することができます。RbMnFeCoプルシアンブルーは大量生産のための材料コストもリーズナブルです。新しい応用例としては、圧電基板に本材料を貼り付けることで、コンパクトな固体冷媒を実現でき、デバイスの過熱を防止できる可能性もあります。

本研究は、バロカロリック効果材料の分野における新たな可能性を開くものであり、新しい固体冷媒の開発に貢献するものと期待されます。

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル
Giant adiabatic temperature change and its direct measurement of a barocaloric effect in a charge-transfer solid
著者
Shin-ichi Ohkoshi*, Kosuke Nakagawa, Marie Yoshikiyo, Asuka Namai, Kenta Imoto, Yugo Nagane, Fangda Jia, Olaf Stefanczyk, Hiroko Tokoro, Junhao Wang, Takeshi Sugahara, Kouji Chiba, Kazuhiko Motodohi, Kazuo Isogai, Koki Nishioka, Takashi Momiki, and Ryu Hatano
DOI番号

10.1038 s41467-023-44350-4

研究助成

本研究は、科研費「基盤A(課題番号:20H00369)」、フランスCNRS国際共同研究所 IRL DYNACOM、東京大学低温科学研究センター、JST光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム SPRING GXの支援により実施されました。

用語解説

注1   RbMnFeCoプルシアンブルー
母材となるRbMnFeプルシアンブルーは、2002年に大越らによって初めて報告された [S. Ohkoshi, et al., J. Phys. Chem.B, 106, 2423 (2002)]。本研究のRbMnFeCoプルシアンブルーは、Feの一部をCoで置換した物質である。

注2  バロカロリック効果
外部圧力の変化に伴い物質のエントロピーが変わるために生じる効果で、圧力がかかると熱を放出し、圧力が減少すると熱を吸収する現象である。

注3  温度ヒステリシス
温度を変化させて相転移が起こるとき、冷却過程と加熱過程で相転移が起こる温度が異なる場合がある。このときの温度の差を、温度ヒステリシスという。ここで温度ヒステリシスの観測に用いたモル磁化率と温度の積(χMT)は、物質のスピンの数に比例している。

注4  電荷移動相転移
固体内部での電子の移動(電荷移動)によって起こる相転移を指す。本物質のように結晶構造の変化(立方晶→正方晶)などを伴うことがある。

注5  エントロピー変化(ΔSrev
熱力学における状態量の一つであり、物理的または化学的な変化に伴う系の「乱雑さ」や「不確実性」を量的に表す。エントロピーの変化は、系が放出あるいは吸収する熱量と密接な関係がある。転移エントロピーは、相転移におけるエントロピーの変化量を指す。本研究では、示差走査熱量計(DSC)を用いて、転移エントロピーを測定している。RbMnFeCoプルシアンブルーの電荷移動相転移に伴う転移エントロピーを実験的に測定した。冷却すると196 Kに発熱ピークを示し、加熱すると251 Kに吸熱ピークを示した。この値は磁化測定で観測された相転移温度と一致している。