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Press Releases

DATE2025.06.26 #Press Releases

副甲状腺ホルモン1型受容体のGタンパク質選択機構を解明

——   次世代の骨粗鬆症治療薬開発に向けた創薬基盤を提供 ——

発表のポイント

  • クライオ電子顕微鏡を用いて、副甲状腺ホルモン1型受容体(PTH1R) およびG タンパク質Gqとの複合体の立体構造を明らかにしました。
  • 得られた構造情報から、PTH1Rが特定のGタンパク質を選択する際に、細胞内ループ2が鍵となることを発見しました。
  • 本研究は、高等動物におけるカルシウム恒常性の制御機構に対する理解を深め、副作用の少ない新たな骨粗鬆症治療薬の開発に貢献することが期待されます。


立体構造から明らかになるPTH1RのGタンパク質選択機構


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の佐野文哉 特任助教濡木理 教授、京都大学大学院薬学研究科の清水目孝太 大学院生、柳川正孝 准教授、井上飛鳥 教授、東京大学先端科学技術研究センターの小林和弘 特任研究員らの研究グループは、副甲状腺ホルモン1型受容体 (PTH1R)(注1) が複数のGタンパク質(注2) の中から特定のものを選択する分子機構を解明しました。

本研究では、クライオ電子顕微鏡(注3) を用いて、PTH1RとGqと呼ばれるGタンパク質との複合体の立体構造を決定しました。得られた構造情報から、細胞内ループ2がGタンパク質の選択において重要な役割を果たすことを明らかにしました。 本成果は、高等動物におけるカルシウム恒常性の制御機構の理解を深めるとともに、副作用の少ない骨粗鬆症治療薬の開発への応用が期待されます。

発表内容

PTH1Rは、主に骨芽細胞(注4) に発現するGタンパク質共役型受容体 (GPCR)(注5) であり、副甲状腺ホルモン (PTH)(注6) を受容すると、Gsと呼ばれるGタンパク質を介して細胞内へとシグナルを伝達することで骨代謝(注7) を制御しています (図1)。興味深いことに、PTH1Rを介したシグナル伝達には、時間的・空間的に異なる2種類のシグナル経路が存在します。一つは細胞表面に存在するPTH1Rから発せられる一過的なGsシグナルであり、骨形成を促進します。もう一つは、Gqを介してエンドソーム (注8) に取り込まれたのちに生じる持続的なシグナルであり、対照的に骨吸収を促進します。このため、Gqを活性化せずにGsのみを選択的に活性化する作動薬は、骨吸収という副作用を抑えた骨粗鬆症治療薬として有望です。しかし、PTH1Rがこれら異なるGタンパク質シグナルをどのように選択するのか、その分子機構は不明であり、薬剤設計上の大きな課題となっていました。


図1:PTH1Rによる2つのシグナル伝達経路
細胞表面からの一過的なシグナルは骨形成を促進する一方で、Gqを介してエンドソームに取り込まれたのちに生じる持続的なシグナルは骨吸収を促進する。

まず、クライオ電子顕微鏡によりPTH1R–Gq複合体の立体構造を決定し、既報のPTH1R–Gs複合体構造との比較を行いました (図2)。さらに、得られた構造的知見を、分子動力学シミュレーション (注9) 、培養細胞を用いたレポーターアッセイ (注10) 、および蛍光顕微鏡によるリアルタイムイメージング(注11) により検証しました。その結果、Gqを介したシグナル伝達では、PTH1Rの細胞内ポケットとの相互作用は限定的であり、細胞内ループ2との相互作用が重要であることが明らかになりました。一方、Gsを介したシグナル伝達では、細胞内ポケットとの密接な相互作用が観察され、細胞内ループ2による寄与はほとんど見られませんでした。


図2 :PTH1RによるGタンパク質選択機構
a. PTH1R-Gq複合体の立体構造。b,c. PTH1R細胞内キャビティにおけるGタンパク質との相互作用様式。Gs結合状態と比較して、Gq結合状態ではPTH1Rの膜貫通ヘリックス (TM) 5,6がより大きく開き、Gタンパク質は比較的に垂直に結合する (b)。これにより、Gq結合状態では細胞内キャビティとGqとの間に隙間が観察される一方、Gs結合状態ではこの部位は密に相互作用する (c)。d. 細胞内ループ2付近におけるGタンパク質との相互作用様式。上述したようにGqはより垂直に結合するため、PTH1Rとの距離が近くなり密に相互作用する。e. PTH1RにおけるGタンパク質選択機構の模式図。

本研究の成果は、生体内におけるカルシウム恒常性の理解を大きく促進するとともに、骨吸収という副作用を抑えた骨粗鬆症治療薬の設計につながることが期待されます。

研究グループ構成員等情報

東京大学
 大学院理学系研究科 生物科学専攻
  佐野 文哉 特任助教
  濡木 理 教授

 先端科学技術研究センター
  小林 和弘 特任研究員

京都大学
 大学院薬学研究科
  清水目 孝太 大学院生
  柳川 正孝 准教授
  井上 飛鳥 教授

論文情報

雑誌名 Nature Chemical Biology
論文タイトル
Insights into G-protein coupling preference from cryo-EM structures of Gq-bound PTH1R
著者 Fumiya K. Sano*, Kota Shimizume*, Kazuhiro Kobayashi*, Toshikuni Awazu, Kouki Kawakami, Hiroaki Akasaka, Takaaki A. Kobayashi, Tatsuki Tanaka, Hiroyuki H. Okamoto, Hisato Hirano, Tsukasa Kusakizako, Wataru Shihoya, Yoshiaki Kise, Yuzuru Itoh, Ryuichiro Ishitani, Yasushi Okada, Yasushi Sako, Masataka Yanagawa†, Asuka Inoue†, Osamu Nureki†
(* equally contributed, † corresponding author)
DOI番号 10.1038/s41589-025-01957-6

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)「生体環境でのGPCRの構造ダイナミクス」(課題番号:21H05037 研究代表者:濡木 理)、「クライオ電子顕微鏡法を用いたGPCR創薬研究」(課題番号:22H02751 研究代表者:志甫谷 渉)、日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」および「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ」の一環として、放射光施設などの大型施設の外部開放を行うことで優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした「創薬等先端技術支援基盤ラットフォーム(BINDS)」などの支援により実施されました。

用語解説

注1  副甲状腺ホルモン1型受容体 (PTH1R)
主に骨芽細胞に発現する膜タンパク質であり、骨代謝やカルシウム恒常性の制御を担う。

注2  Gタンパク質
細胞内シグナル伝達に関与する三量体のタンパク質複合体。Gs、Gqなど、異なる機能をもつ複数のサブタイプが存在する。

注3  クライオ電子顕微鏡
生体分子試料を急速に凍結し、電子線を用いて極低温下で観察することで、原子レベルに近い分解能で立体構造を可視化する技術。

注4  骨芽細胞
骨の形成を担う細胞であり、コラーゲンなどの骨基質を分泌し、それを石灰化させることで新たな骨組織を形成する 。骨代謝における重要な構成要素の一つ。

注5   Gタンパク質共役型受容体 (GPCR)
細胞膜に存在する受容体の一群で、ホルモン、神経伝達物質、感覚刺激などを認識し、Gタンパク質を介して細胞内に情報を伝達する。ヒトの薬剤標的の多くがGPCRに分類される。

注6  副甲状腺ホルモン (PTH)
副甲状腺から分泌されるペプチドホルモンで、主に骨、腎臓、小腸に作用し、血中カルシウム濃度を調整する役割を担う。

注7  骨代謝
骨形成と骨吸収のバランスにより骨組織の維持・再構築が行われる生理的プロセス。PTHやビタミンDなどが関与し、加齢や疾患、薬剤などによりバランスが崩れると骨粗鬆症などの病態が生じる。

注8  エンドソーム
細胞膜から取り込まれた受容体などを内包する細胞内小胞。膜タンパク質のリサイクルや分解の中継点となるほか、近年ではエンドソーム上でのシグナル伝達も重要な機構として注目されている。

注9  分子動力学シミュレーション
タンパク質などの分子が時間とともにどのように動き、相互作用するかを原子レベルで解析する計算科学的手法。実験では得られにくいナノ秒–マイクロ秒スケールの動的ダイナミクスを解析することができる。

注10  レポーターアッセイ
目的とするシグナル伝達経路の活性を、蛍光タンパク質や発光酵素の発現量として間接的に評価する細胞ベースの実験法。シグナル伝達の強さや薬剤応答性の解析に広く用いられる。

注11  リアルタイムイメージング
蛍光顕微鏡などを用いて、細胞内でのシグナル伝達やタンパク質の動態を時間経過に沿って観察する手法。秒–分スケールでの動的ダイナミクスの解析が可能。