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理学部ニュース

 

私は本学で2012年に学位を取得後,広告会社の博報堂に入社し,以来11年にわたって主に「コピーライター」という肩書きで,企業や商品・サービスのブランディングに必要なさまざまな言葉や企画を生みだしてきた。

今回,僭越ながら「在学生がキャリアパスを考えるきっかけとなる」文章をお届けすることになった。本稿には字数制限があるので,私にとっての真実を語る事を誓うが,事実のすべては語りきれないことをご容赦いただきたい。

1)人生の次のテーマをどう見つけたか

アカデミアを出るとなったら,具体的に何をするべきか。私は,自分の「欲望」を見つめ直した。「知の構造化」ならぬ,自分の「欲の構造化」を試みたのである。

三度の飯より研究が好き,という人が大学には実在するので忘れがちだが,欲望がそこまで純粋な人は少数派だ。

この先の人生を通じて幸せになるために,何をどういう優先順位で手に入れていきたいのかを,整理しなければならない。その中には,「何かを解き明かしたい」「何かに貢献したい」といった外聞の良い欲もあれば,「高いものを食べたい」「モテたい」といったあまり格好良くはない欲もあるだろう。それでも,自分のあらゆる欲を書き出し,客観的に見つめて,構造化してみて欲しい。理学の教育を受けたあなたであれば,自分自身の欲望についても,新たな発見をすることが出来ると思う。そしてその欲こそが,これからの社会では,あなたの価値に直結する。


たった一つの商品名やキャッチコピーを決めるために,こんなに大量の案を検証することもある。かつては紙に印刷して見比べていたが,現在ではさすがにペーパーレス化が進んでいる

2)「やりたいこと」の価値は上がり続ける

「やりたいこと」「出来ること」「求められていること」の3つの重なるところが「仕事」になるという。しかし今,「やりたいこと」の価値だけが異様に高まっている。知的労働者の「出来ること」の平均的なところは,AIがこなしてしまうだろう。「求められること」は急速に変化しすぎて,もはや一人の人間が予測できる範囲を超えつつある。

だからこそ,「やりたいこと」だけが私たちの寄る辺になる。平均は評価されず,偏愛だけが価値になる。あなたが「これまで何をやってきたか」より,「これから何をやりたいか」という強いモチベーションが,あなたを際立たせる。

さて,私の欲望も色々あったわけであるが,要素を抽出すれば,生活スタイルとして「一つの拠点に長く留まってコミュニティをつくる」ことを望み,収入水準として「私費で気兼ねなくPCを買い替えられる」くらいを目指し,仕事を通じて「人が営む社会の構造を知り」「ものの存在意義や価値を考え」続けたいと思い,その手段として広告会社への就職を目指した。今のところ,自分の選択と,この12年で得られた成果に満足している。

選ぶことは,失うことだ。非アカデミアを選ぶことで,研究の喜びからは離れてしまうかもしれない。だがそのかわりに,研究の世界にはない喜びに出会うこともきっとある。あなたの進む路が,あなたの予想をこえた幸せにつながっていることを願う。


 

2023年7月号掲載

未来へのとびら>