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理学部ニュース

自己暗示に連れられ地球の裏側へ

紅山 仁(天文学専攻 博士課程3年生)

母校の国語教師は事あるごとに,「夢は口にしないと叶わない,夢を語ることは恥ずかしいことではない。」と言っていた。今とは違って純粋な青年であった私はその言葉を真に受けて,先生の話を聞いたその日に,東京大学に入る,と宣言した。訳あって別の大学に入学することになったが,回り回って大学院で本学に進学して今このエッセイを書いている。

時同じくして,チャンピオンベルトを手にした格闘家の影響を受けた母親は,「夢は文字にしないと叶わない,息子たちよ,夢を書き出しなさい。」と言い出した。本当は大して格闘が好きではない母親の気迫に負け,母と兄と私の三人は,揃いも揃って夢を文字に起こし,それをよく目にする冷蔵庫前面に貼り付けた。私はここでも,東京大学に入る,と書き出した。結果,見事に親子三人の夢はすべて叶ったのであった。

 話し言葉と書き言葉の差はあるものの,いわゆる「自己暗示」の存在を身に染みて感じたこの時期から,叶えたいことを口にするのが私の習慣になった。本学の天文学専攻に所属してからは,事あるごとに天文観測のメッカであるハワイ,チリに行きたいとつぶやいた。その甲斐あってか,「天文観測装置の解体作業」という条件付きではあるが,入学してたった二ヶ月で,自然科学研究機構国立天文台ハワイ観測所にあるすばる望遠鏡を訪れることができた。日中作業であったために一度も満天の星空をみることはできなかったが,口径8.2 m の大型望遠鏡を拝めたことは満足だった。

本学天文学専攻一行と口径8.2 m 望遠鏡 Very Large Telescope。巨大な鏡でさまざまな天体からの微弱な光を集める

次回の出張を楽しみにしている最中に,新型コロナウイルスの感染が拡大して海外を訪れる機会はめっきり減ってしまった。気晴らしにフリマアプリでスペイン語の教科書を買い,来るべきチャンスに備えて,チリを頻繁に訪れている教授たちにスペイン語で挨拶してみた。「オラ,コモエスタ?(こんにちは,調子はどう?)ムイビエン(最高だよ。)」文字にすると少し偉そうな挨拶に思えなくもない。そうしているうちに,チリで行われる学術フォーラムで講演してみないか,との連絡をいただいた。ハワイの時とは違い,今度は研究発表のために海外に行けるのだ。またしても自己暗示のおかげ。ペルフェクト(完璧)である。

第4回チリ日本学術フォーラム2022は,チリ南部の観光都市プエルトモンで開催された。天文分野を含む6つの研究会が2日間にわたり並行して行われ,最新の研究成果が報告された。ここで共同研究へのきっかけも得ることができ,ひじょうに充実したものとなった。なんと言っても,エクスカージョンで訪れたParanal 天文台で目にした世界有数の大型望遠鏡 Very Large Telescope は,まさに「圧巻」の連続であった。標高 2700 m にある4台の口径8.2 m の巨大な望遠鏡,その補助望遠鏡も大きく,補助だというのに,日本でいつも目にしている望遠鏡の倍程の大きさもあったのだ。これに加えて,生まれて初めて目にする壮大な砂漠地形が,一瞬にして私の写真フォルダを占領した。真夜中の砂漠で見た星空は,間違いなく人生で一番の星空であった。

さて,博士課程3年になった私の次の自己暗示は,就職先に関するものかもしれない。すでに私の専門分野である太陽系小天体の研究が盛んな海外の研究機関に目をつけており,近々将来のボスに会って,わたしの熱意を自分の「言葉」で伝えてくることを予定している。どうしても叶えたい夢や目標がある時には,それをまずは言葉にする,そうして自己暗示の力を借りてみるのも悪くないのかもしれない。

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理学部ニュース2023年7月号掲載

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