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理学部ニュース

あなたの夢はなんですか?

中室 貴幸(化学専攻 特任准教授)

 

気がついたら自立した大人になっていた。一方で大人になった今だからこそ現実がみえてきて,自分の夢を声を大にして言うことが何となく憚られる。そもそも毎日が忙しく,自分の近い将来でさえイメージする時間がなくなっていることに頭を抱える日もある。だからこそ自分の夢を他人に伝えることができる大人はカッコいいし,尊敬できる。執筆の機会をいただいたので,「自分の夢」について少し考えてみることにした。皆さんも,自分の夢についてぜひ考えていただければ幸いである。

中高生のときの夢は,「新薬を開発して困っている人を助けたい」であった。家族を病気で亡くした経験,もしくは薬のまち富山に生まれたことが,夢のはじまりだったのかもしれない。研究室配属の段階で,合成医薬に興味をもち有機合成化学の道へと進んだ。しかし素反応開発,たとえるならば医薬品合成におけるワンステップを開発するようなもの,に必死に取り組んでも医薬品がまったくみえてこなかった。理想と現実を思い知った気分であったが,素反応開発自体は楽しかったので後悔はしていない。むしろ自分しか知らないexcitingな実験に毎日取り組むことができ,科学に思い馳せたことは今の財産である。いつの間にか,「教科書に載る反応の開発」が夢になっていたが,まだ『中室反応』は世界にお披露目できていない。

学位取得後,ご縁に恵まれて東大赴任の機会をいただき,電子顕微鏡(電顕)科学者として再出発した。周りの方々のご助力のお陰で,白黒の電顕像を自分で撮れるようになった。医薬品への興味が頭の片隅に残っていた私は,中分子医薬の代表選手でもある環状ペプチドの動態観測を目指して電顕実験をしていた。そんなとき,まさにキラリと光る構造をみつけた!それが,塩化ナトリウム(NaCl)の微結晶であることは後日判明したが,学生に興奮を伝えに居室に駆け込んだことは今でも覚えている。才能ある学生に恵まれ,学術論文としての成果だけでなく,「結晶ができる瞬間を捉えた!」として中高生向けの教育用映像へと展開できたことはこの上ない幸運であった。

電子顕微鏡研究を始めて,もうすぐ5年目に差し掛かろうとしている。今の私の夢は,『電顕映像で,世界を驚かせること』である。食塩の結晶化の電顕実験によって,最先端科学の感動を世間に共有できたのではと思っている。スマートフォンからでも上述した教育映像は視聴できるので,便利な世の中になったと思う。その一方で,スマホから提供される他のコンテンツに比べるとインパクトに欠けることは否めないが,掴みどころのなかった原子が目に見える時代になったことは大きな進展である。子供たちが「科学の面白み」を感じ取れるように,電顕科学を色付けすることが今後の私の腕の見せ所であろう。いつの日か教科書に掲載される知見を発見すること,電顕映像から科学への興味をもった若い世代が予想だにしない世界を切り拓いてくれることを夢見ている。

人生は何が起こるかわからないが,自分のしたいこと(夢)をもって突き進む重要性を理学部化学科で日夜学んでいる。


透過電子顕微鏡で新世界の探求

理学部ニュースではエッセイの原稿を募集しています。自薦他薦を問わず,ふるってご投稿ください。特に,学部生・大学院生の投稿を歓迎します。ただし,掲載の可否につきましては,広報誌編集委員会に一任させていただきます。
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理学部ニュース2023年5月号掲載

 

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