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理学部ニュース

化学合成 × 生物合成で拓く次世代ものづくり

 

大栗 博毅(化学専攻 教授)

「化学合成」でトレーニングを積んで研究の道へ進んだ。実験科学のなかでも,知力よりも体力や精神力が重要とささやかれてきた分野だ。東北大学 平間正博先生の研究室で,巨大で複雑な構造の天然毒素を人工的に「化学合成」する研究に取り組んだ。グルコースを出発物質として60以上の工程数を経て標的分子の合成に漕ぎ着けるまで,10人以上の仲間と約10年を費やした。一連の試行錯誤を通じて研究者としての足腰は鍛えられ,お題となる分子をなんとかつくり上げる力がついた。駆け出しの大学教員となり,化学の論理に則って分子の振る舞いを考え,手返しよく実験を積み重ねる力が,想い描いた分子を自在に創り出す「合成屋」に重要であることもわかってきた。

強力でユニークな生物活性を発現する天然有機化合物(天然物)は,合成医薬品とは一線を画した複雑な構造を持つ。なぜ自然は,あえて手の込んだ天然物をわざわざ創り出しているのか?植物や菌類は如何にして,かくも奇妙で美しい造形の天然物をいとも簡単に組み上げられるのか?自ずと「生物合成」にも強い関心を抱くようになった。ゲノム科学の進展に伴い,天然物の設計図ともいうべき生合成酵素遺伝子情報が解読され,2000年頃から天然物を人工的に「生物合成」する研究が報告されるようになった。30代前半まで「化学合成」にどっぷり浸かってきた「合成屋」にとって,黒船来航のような衝撃であった。

       
化学合成した出発物質の酵素変換と化学変換によって,複雑な五環性骨格を僅か1日で一挙に構築する。3工程の化学変換を経て,サフラマイシンAを化学-酵素ハイブリッド合成できる

米国留学後,2004年から北海道大学 及川英秋先生の研究室で「生物合成」に取り組む機会を得た。仙台で手掛けた「化学合成」と札幌で学び始めた「生物合成」は,天然物やその類縁体を提供する目的は同一であるものの,両者は異なるアプローチとして,それぞれほぼ独自の発展を遂げてきた。そもそも,水中で機能する酵素変換と有機溶媒を用いる化学変換は,水と油の関係にある。相容れない両者を連携させ,複雑な分子を手にするのは容易ではない。

独立後,仙台と札幌での経験を土台にして「化学合成」と「生物合成」との融合を目指した。両者を「synthesize」する志を込めた「合成屋」としての新たな挑戦といえるかもしれない。制ガン活性を有する天然物サフラマイシンAを標的分子とし,生合成酵素を駆使した化学−酵素ハイブリッド合成に取り組んだ。有機合成した基質を水溶液中で酵素変換させ,生じた不安定な中間体に対して合理的な化学変換を施して,複雑な五環性骨格をわずか一日で構築することに成功した。さらに,数工程の変換を経てサフラマイシンAやその類縁体を簡便な操作で手早く合成した。

このように精巧な酵素触媒反応が連続的に進行する「生物合成」の長所と基質や中間体を自在に改変できる「化学合成」の利点を活用する戦略で,複雑な分子を誰でも簡単に合成できる物質生産プラットフォームを構築できる。現在,有機合成化学と合成生物学に加え,構造生物学や情報科学との発展的融合に取り組んでいる。地球上に眠る未活用天然物を発掘するとともに,未踏の機能分子を低環境負荷で自在に創り出す次世代ものづくりで無限大の可能性を追求したい。

 

理学部ニュース2023年3月号掲載

 

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