~ 大学院生からのメッセージ~
ドロップレットの中に見る生命科学
中川 悠太 |
化学専攻 博士課程 3 年生 |
出身地 東京都 |
出身高校 Walt Whitman High School (米国) |
出身学部 Skidmore College 専攻:化学(米国) |
生物学や医学において,細胞集団のなかにごくわずかしか存在しない希少細胞の重要性が近年注目されている。たとえば,抗生物質や抗がん剤への耐性のような人類社会に大きな影響をもたらしうる特徴を持った増殖の遅い細胞が,少数派として細 胞集団に潜んでいることが近年の研究によってわかってきた。これらの細胞をより詳しく解析することで,新たな基礎科学の知見を得られるだけでなく,治療薬の開発といった応用展開も期待できる。一方で,このような希少な細胞は,従来の解析手法では見逃されがちであるため,詳しい生態や分子機構などが未解明である場合が多い。したがって,希少性の高い細胞を効率よく探索し単離する手法を実現することは, 生命科学の大きな課題となっている。
このような希少性の高い細胞を見つけ出して分析するためには,細胞を集団ごとに計測するのではなく,集団の細胞を1つ1つ網羅的に計測する1細胞解析が求められる。私が行っている研究では,液ドロップレット滴マイクロ流体工学 (Droplet microfl uidics) という1細胞解析の手法を活用している。私はこの手法を発展させることで,直径約 100μm程度の微小液滴内に単一細胞を封入して培養し,所望する細胞を探索することができるようにした。液滴内では,分裂した細胞も同一の空間に留まるため,図A に示したように細胞の増殖の速さといった生物学的に有用な指標をもとにした細胞の識別が可能となった。さらには,細胞を封入した大量の液滴集団の中から,所望する細胞を含む液滴だけを分取する装置を開発した(図 B)。結果として,出芽酵母が封入された液滴を毎秒 1700 個程度の速度で分取することに成功し,液滴を活用した大規模1細胞解析を実現した。大量の細胞の中から希少な細胞を探し出す網羅的な計測には分取の速度が重要であり,本成果は,希少細胞探索に大いに役立つものと考えられる。現在は,薬剤耐性をもつがん細胞の単離や,アルツハイマー病進行に寄与するとされるミクログリア細胞の解析などの応用研究へと発展させることを目指して研究を行っている。
A. 液滴内で培養後,増殖の遅い細胞(上写真)と増殖の速い細胞(下写真)を判別できる。B. 開発した液滴分取装置(左写真)。拡大図中(右写真)の矢印が示すように液滴が流路を流れる。流路を挟むように設置された電極が局所的な電場を発生させ,所望の液滴が分取される
上述した研究は,私が所属している理学系研究科化学専攻の構造化学研究室で開発されている希少な細胞を単離するための新たな手法の一例である。我々の研究室では, 多様なバックグラウンドを持つ大学院生や教員らが,さまざまな分野の知見を結集して学際的に研究を行っている。私は学部 3 年時の夏休みに当研究室を見学した際に,研究室独自に開発された最先端技術によって新たな知見を見つけ出す研究スタンスに魅了され,いまも研究を続けている。本項を読んだ皆さんの中から,一人でも多くの方が一緒に理学の道へ進むことを願っている。