エルニーニョの弟 〜インド用ダイポールモード
東塚 智己(地球惑星科学専攻 准教授) |
インド洋ダイポールモード現象(IOD)は,大気と海洋が相互に作用することによりインド洋熱帯域で発生する現象である。大気と海洋の相互作用の様子が,太平洋のエルニーニョ現象(東太平洋赤道域の海面水温が平年よりも高くなる現象)とよく似ていることから,兄弟のような関係にあるとも言われている。IODが発生すると,インド洋熱帯域の海面水温が,西部で平年よりも高く,東部で低くなるが,とくに東部のインドネシア沿岸域でその傾向が顕著である。IODはインド洋周辺諸国だけではなく,日本にも異常気象をもたらすことが知られており,最近では,2019年から2020年にかけての日本の記録的な暖冬の一因となったと考えられている。したがって,IODの発生メカニズムを正確に理解し,予めIODの発生を高精度に予測することができれば,異常気象の影響を軽減するための対応策を取ることも可能となるが,まだ完全な理解には至っていない。
では,なぜIODの時にインドネシア沿岸域の海面水温が平年よりも冷たくなるのであろうか?その原因を探るためには,海洋のシミュレーションを行い,インド洋を可能な限り現実的に再現した上で,海洋表層の正確な熱収支を調べる必要がある。海面水温は,その直上の大気との熱のやり取り,海流による熱輸送,上下方向の混合などの変動に伴って変動する。熱帯域では,太陽によって強く熱せられるために海面付近の水温は高くなっているが,水深とともにその効果は弱まるため,表層の下には比較的水温が低い冷水が存在する。上下方向の混合により,表層の暖かい海水とその下の冷水がかき混ぜられると,表層の水温が低下することになるが,以下の2つのメカニズムにより,IODの発生に寄与することが明らかになった。
まず,IOD時には,上空の南東貿易風が強まり,風によるかき混ぜの効果が強まるため,上下方向の混合が,例年以上に海面の水温を低下させることになる。また,インド洋熱帯域の東部では,冷水が他の熱帯域に比べて深い場所にあるが,IOD時には,上向きの流れによって冷水が持ち上げられる。より具体的には,地球の自転の効果により,南半球では,風の進行方向の左側に向かって表層付近の暖かい海水が輸送されるため,南東貿易風が強まると,より多くの表層付近の海水がインドネシア沿岸域から沖へと輸送され,それを補うように比較的水温の低い冷水がより上向きに移動する。その結果,表層が上下方向の混合によってより効率的に冷却されるようになる。
図:上下方向の混合がインド洋ダイポールモード現象(IOD)の発生に果たす役割を模式的に表した図。一番上の地図は,IODに伴って海面水温が平年よりも低くなる場所を寒色系、高くなる場所を暖色系で表しており,色が濃いほど,その傾向が顕著であることを表している。 |
これら2つの効果が組み合わさることによって,上下方向の混合が,IODに伴うインドネシア沿岸域の強い海面水温低下をもたらしていることがわかった。今後,このようなIODの物理的な理解の向上が,数ヶ月先の異常気象予測の改善にも貢献することが期待される。
本研究成果はM. Nakazato et al., Scientific Reports 11, 22546(2021)に掲載された。
理学部ニュース2022年3月号掲載