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理学部ニュース

細菌の背くらべで探る 統計法則と集団適応

竹内 一将(物理学専攻 准教授)

嶋屋 拓朗(物理学専攻 博士課程3年生)

 

私たちの中には背の高い人もそうでない人もいるが,ふだん気に留めることはあまりない。単一細胞からなる微生物にも,大きな個体,小さな個体があるが,もし彼らに知性があっても同様だろう。しかし,栄養素に富み細胞にとって好ましい環境下では,細胞は成長して大きくなり,やがて分裂して,大きさは半減する。つまり,細胞の大きさは成長と分裂の兼ね合いで決まるものだから,細胞サイズの測定から成長や分裂に潜む規則を見出せれば,細胞の仕組みに迫るヒントを手にできる。例えば,大腸菌などの細菌では,分裂後,長さが一定量伸びたところで次の分裂が起こることがさまざまな条件下で観測され,遺伝子複製や細胞周期との関係を調べる研究が進んでいる。単一細胞の真核生物では,生物種が違っても細胞サイズの分布が共通の関数形で表されるという報告もある。しかし,これら従来研究は,栄養濃度や温度などの条件が一定である定常環境のもとで見られる,恒常的な規則性や分布法則に関するものであり,より自然な,変動する環境下での細胞サイズの性質については,定量的な知見がほとんどない。

われわれは,変動する環境下で,細菌がどのような細胞サイズ分布を示すのかに関心を持ち,数多くの細菌個体に対して,一様に,制御して培養環境を変えられるデバイスを開発して,計測を行った。大腸菌の集団を,栄養素に富んだ定常環境下で勢いよく成長・分裂・増殖させた後,突然,栄養を含まない環境に切り替えて,飢えさせる。すると,細菌は成長が鈍る一方で,分裂はある程度持続するため,体積が小さくなっていく。われわれは,この時間変化する細胞体積分布の統計解析を行い,細菌集団が平均の体積は縮めながらも,平均に対する体積比の分布は変わらない,「スケール不変性」という統計的性質を満たすことを発見した。本性質は,定常環境での研究から提案されていた細菌の細胞周期モデルのシミュレーションでも再現され,細菌集団に広く成り立つことが期待される。シミュレーションでは,ゆっくり飢えさせるとスケール不変性が破れる転移現象が起こることも見出した。

  図:左:飢餓前後の大腸菌の様子 右:細胞体積分布のスケール不変性。飢餓に伴い,体積は縮んでいくが,平均に対する体積比の分布は一定に保たれる。出典:T. Shimaya et al., Commun. Phys. 4, 238 (2021). https://doi.org/10.1038/s42005-021-00739-5

細菌集団にとって,体積分布がスケール不変性を示すことの意味は何だろうか? 私たちはまだ答えを持ち合わせていないのだが,細菌集団には,運動や押し合いへし合いなどの力学的な要因により引き起こされる生命現象も多々あることがわかってきている。体積比の分布が環境変化で変わらないという発見は,こうした力学的な集団特性にある種の頑健さがあることを意味しており,細菌が示す集団的適応の新たな一面ではないかと考察を始めている。

本研究成果はT. Shimaya et al., Commun. Phys. 4, 238(2021)に掲載された。 

(2021年11月10日プレスリリース)

理学部ニュース2022年3月号掲載


 

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