マクロな化学反応系における新たな熱力学法則

吉村 耕平(物理学専攻 修士課程2年生)

伊藤 創祐(生物普遍性研究機構/物理学専攻 講師)

 


マクロな系の熱力学は, 適用範囲の広さから現代の科学の中で重要な位置づけをされている。特にマクロな化学反応系の化学熱力学は,化学反応の進む方向を決定するという重要な役割を担っている。 従来のマクロな系の熱力学は平衡状態間の遷移を扱うことが多く,平衡から離れた非平衡状態を扱う部分は未完成とされてきた。そこで近年,ブラウン運動などの確率的なノイズに代表される 「ゆらぎ」の影響が無視できない小さな系を用いて,非平衡状態の熱力学を研究する分野が進展している。小さな系では確率的な記述が可能なことから,分散のようなゆらぎの指標が導入可能で, このようなゆらぎの指標を用いた新たな熱力学法則が見つかってきた。

新たな熱力学法則の中でも最近は熱力学的不確定性関係とよばれる関係式の研究が進んでいる。 この関係式は,ゆらぎの指標とエントロピー生成率(閉じた化学反応系においてはギブスの自由エネルギーの減少スピードに相当)の間に,一方が大きければ他方は小さくなるというトレードオフ関係があることを表している。またこの関係式により,状態間の遷移にかかる時間の制限を与えることも知られている。一方で,このような関係式が,ゆらぎが見えないマクロな化学反応系で成り立つかは定かでなかった。

この疑問に対してわれわれは,系のゆらぎがマクロな系で見えなくなる理由に相当する,系のサイズに反比例してゆらぎの大きさが減る関係に着目した。系のゆらぎはマクロな量で記述できない一方で,反比例関係における係数についてはマクロな量だけで記述可能である。われわれはこの係数を内在的なゆらぎの量とみなし「スケールされた拡散係数」とよび,これを用いて熱力学的不確定性関係と同様の関係式を,マクロな系の化学熱力学において示すことに成功した。それによると,閉じたマクロな化学反応系において,ギブスの自由エネルギーの減少スピードと「スケールされた拡散係数」の間にトレードオフ関係があることが新たにわかった。

  図:化学反応で化学物質の濃度が変化する際, 系のサイズVに反比例するゆらぎが内在している。われわれはこの内在するゆらぎの量(スケールされた拡散係数) とエントロピー生成率の間にトレードオフ関係が成立することを示した。  

本結果は従来の熱力学法則よりも詳細に化学反応の速度への制限を加えるものであり,さまざまな応用が考えられる。たとえば反応速度が重要となる生化学反応において,生体内の情報処理の正確性と熱力学的なコストの間にトレードオフ関係があるとされてきたが,この関係に対する普遍的な理解のために本結果は新たな視点を与えてくれるだろう。

本研究成果は, K. Yoshimura and S. Ito, Phys. Rev. Lett. 127, 1606018(2021) に掲載され, Editors' Suggestion に選ばれた。

(2021年10月12日プレスリリース)

理学部ニュース2022年1月号掲載


 

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