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理学部ニュース

宇宙の有機物の塵を作る

左近 樹(天文学専攻 助教)

遠藤 いずみ(天文学専攻 博士課程2年生)

 


老いた星は,重元素を含む恒星風を星間空間に放出し,「有機物の塵」の生成現場となる。新星もその一つで,新星が放出するガス中には,太陽風の数百倍以上高い濃度の窒素が含まれることがある。星間物質全体の中で,新星に起源を持つ物質の割合は多くない。しかしながら,未同定赤外バンドの放射を示す新星が幾つも観測されており,出来立ての有機物の塵の素性を観測する上で,新星は貴重な天体現象である。

そこで,地上で星間物質の合成を模擬し,観測される未同定赤外バンドの特徴を再現しようとする試みが行われている。その歴史は長く,本研究で使用したマイクロ波を用いたプラズマ発生装置は,1970年代後半に,電気通信大学の坂田朗助手(当時)が 製作したものである。当時,この実験装置を用いてメタンガスをプラズマ状態から急冷凝縮して得られる「急冷炭素質物質(Quenched Carbonaceous Composite; QCC)」は,星間塵の光学的な性質を議論する国際的な場で重要な役割を果たした。2008年に電気通信大学の和田節子准教授が退職される際,本学天文教室にこの装置を移管した。

急冷炭素質物質が炭素と水素から成る有機物の塵であるのに対し,われわれが今回取り組んだのは,窒素を含む有機物の塵の合成である。炭化水素の固体試料と希薄な窒素ガスをマイクロ波加熱し得られたプラズマを急冷凝縮することで得られる有機物の塵の赤外線吸収スペクトルが,新星に観測される未同定赤外バンドの特徴をよく再現することを発見した。われわれは,その有機物の塵を「急冷窒素含有炭素質物質(Quenched Nitrogen-included Carbonaceous Componsite; QNCC)」と名付けた。X線吸収端近傍構造分析の結果,急冷窒素含有炭素質物質には窒素がアミンの形態で含まれていることがわかった。

 
 

 

図: (左)急冷窒素含有炭素 質物質QNCCの赤外吸光度 スペクトルと新星V2361Cygに観測される未同定赤外バンドの比較。(右)急冷窒素含有炭素質物質の合成の様子。

急冷窒素含有炭素質物質は,炭素質コンドライ ト隕石中から抽出される不溶性有機物とも類似した赤外特性を示す。太陽系の有機物の起源として,年老いた星が作る有機物の塵が過酷な星間空間を長期に旅し生き残り新たな太陽系の誕生の現場に取り込まれるという道筋もあり得るのではないか。 2015年以降,国際宇宙ステーションきぼう実験棟簡易曝露実験装置ExHAM(エクスハム)を用いて,実験室で合成した急冷窒素含有炭素質物質などを太陽近傍の宇宙環境に曝露し,有機物の塵が獲得する変性過程を調べる実験に着手した。 回収試料と,隕石中や実際に宇宙から採取した物質に含まれる太陽系の始原的な有機物を比較し,先の仮説の検証に挑みたい。

天文学的手法と地球科学的手法を総動員させて,究極的には,太陽系に生きる我々の存在が広 く長い宇宙の歴史の中ではありふれたものであるかどうかを知る,そうした目標に急冷窒素含有炭素質物質が役立つことを願う。

本研究成果はI. Endo et al ., The Astrophysical Journal 917, 103(2021)に掲載された。

(2021年8月26日プレスリリース)

理学部ニュース2022年1月号掲載


 

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