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理学部ニュース

人類学+機械工学  一人異分野融合のすすめ

荻原 直通(生物科学専攻 教授)

2018年3月に生物科学専攻の教授に着任したが,私の前職は,慶應義塾大学理工学部機械工学科教授である。その前は,京都大学大学院理学研究科生物科学専攻で助手・助教を勤め,さらにその前は,慶應の機械工学科の学生であった。機械工学と生物学という通常ではあり得ない対極の2分野を行き来していることを不思議に思われるかもしれない。

私は学生時代から一貫してヒトの二足歩行に興味を持って研究を進めてきた。早いもので大学に入学して今年でちょうど30年になるが,大学生だった当時,専門課程での学習が進むにつれて,工学的に二足で歩く機械を作ることは極めて難しい問題であることを知った。一方で,われわれは,階段でも坂道でも不整地でも転ぶことなく,いともたやすく二足で歩くことができる。より高度な運動能力を持つ機械を製作するためには,生物の歩行メカニズムをより詳細に理解する必要があると考え,ヒトの二足歩行の研究を開始した。具体的には,ヒトの筋骨格系のコンピュータモデルを構築し,そこに転ばずに歩行するように各筋を制御する神経系のモデルも合体させ,仮想空間内でヒトの二足歩行運動を再現することを通して,その力学と神経制御のメカニズムを理解することを目指した。

こうした二足歩行シミュレーションを,ヒトの直立二足歩行の進化研究に応用することを期待され,当時生物学の知識はまったく持ち合わせていなかったのだが,縁あって人類学の世界に飛び込むことになった。そのとき強烈に思い知らされたのは,ヒトの身体構造と運動機能を研究してきたつもりであったが,その本質の理解がまったく不十分であったことである。ヒトは霊長類の中から二足歩行に適応して進化してきた生物であり,その身体構造や運動機能も進化の産物である。しかし,ヒトだけを見ていると,ヒトの特殊性に気づかされることはない。ヒトの構造・運動を正しく理解するためには,他の動物と対比することを通して,進化的視点でものごとを捉えることが必須であるが,そうした視点が完全に欠落していたことに気づかされた。以来,ヒトの筋骨格構造や二足歩行運動のメカニズムを,ニホンザルなど他の霊長類と比較する実験的研究と,機械工学のバックグラウンドを持ったものが,人類学の現場で実際に研究をすることによってこそ可能となる,生物学的考察に耐えうるシミュレーション研究を車の両輪として展開し,いまに至っている。現在,決して華やかではないが世界的にもユニークな研究を展開できているのは,この大胆な移籍のおかげである。

       
モーションキャプチャシステムと床反力計を用いたニホンザル二足歩行の分析

異分野間の連携が,イノベイティブな研究を立ち上げ,新しい価値を創造する上で重要であることが指摘されているが,異なるバックグラウンドを有する研究者が互いの興味や問題意識を完全に共有し,その解決に共同で当たることは実際にはとても難しい。しかし,一人の研究者が,ある時点で大きく専門分野を変化させ,実際に異なる二分野で研究を行えば,時間はかかるかもしれないが,真の異分野融合が達成でき,新しい価値を切り開く原動力となろう。若手研究者の「一人異分野融合」を促す,通常ではあり得ない大胆な移籍を積極的に後押ししていくことが,新しい,面白い価値を創出する起爆剤になりうるのではないかと考えている。

理学部ニュース2021年3月号掲載



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