質量から探る原子核の秩序と存在限界
道正 新一郎(原子核科学研究センター 助教) |
わたしたちを取り囲むすべての物質は原子で構成され,その中心は陽子と中性子からなる原子核で占められている。原子核には,同じ元素でも中性子数が異なる同位体が存在し,陽子と中性子が同数程度の原子核の安定度が一般に高い。核内に中性子が増えると中性子を結合する力は次第に弱まってゆく。さらに増えると結合力は失われ,原子核の存在限界となる。
核内中性子の結合力は,それよりも2つ少ない中性子を含む同位体との質量差から計算される 「二中性子分離エネルギー」を指標にすると都合が良い。図に,実験で測定した,カルシウム(Ca),スカンジウム(Sc),チタン(Ti)とバナジウム(V) の二中性子分離エネルギーの中性子数に対する変化を示した。今回,核質量を測定した原子核の寿命は約10ミリ秒,高速かつ有効数字6桁の質量精度を有するわれわれの測定技術の性能が発揮され,はじめてのデータが得られた。図を見ると二中性子分離エネルギーが中性子の増加にしたがって減ってゆく様子がよくわかる。ただ,減少の様子は単調ではなく,そこには明らかな構造がある。
まず,CaとSc同位体に注目する。これらには,中性子数34から35にかけての二中性子分離エネルギーの減り方に違いが見られる(図内の矢印)。Ca同位体の大きな減少は中性子準位間に大きなエネルギーギャップがあることをあらわし,中性子数34での魔法性の発現を示唆する。中性子数34のCa核内での魔法性を予想する核構造理論はすでに報告されているが,ScからCaへ,陽子1つの減少で核内中性子に魔法数34という新しい秩序が突如発現することがはじめて観測された。
存在限界近傍のカルシウム (Ca),スカンジウム(Sc),チタン(Ti),バナジウム(V)同位体の二中性子分離エネルギー。実線は同位体同士をつないでおり,中性子数に対する変化を表している。破線は理論計算値。
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次に,中性子数40周辺のTi,V同位体を見てみる。ここにも同位体間に違いがみられる。中性子が増加しても,Ti同位体の二中性子分離エネルギーは減少しない。最新の理論計算(図中の破線)と比較しても,中性子との結合力は明らかに強い。これらの事実から,中性子を多く含むTi同位体内では核内核子の新たな構造変化が発現し,結合力を維持,核全体を安定にしていること が明らかになった。現時点では,この安定化の詳細なメカニズムはわかっていない。ただ,中性子を多く含む原子核内で起こる安定化現象の発見は,存在可能な原子核種がいままでの予想より多い可能性を示唆している。
今回の研究成果を通して,陽子と中性子,2種を構成粒子とする原子核に表れる新しい秩序を目の当たりにした。研究では常に,新しい疑問がより深い理解の原動力である。核質量変化の観察も原子核という謎の多い物質の起源をより深く理解するための道のひとつであるに違いない。
本研究は,S. Michimasa et al ., Phys. Rev. Lett . 121, 122506 (2018) と Phys. Rev. Lett . 125, 122501 (2020) に掲載された。
理学部ニュース2021年1月号掲載