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理学部ニュース

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理学部ニュース2026年5月号掲載

学部生に伝える研究最前線>

化学が可能にする量子技術:MRIの超高感度化へ

楊井 伸浩(化学専攻 教授)

 

今世紀, 第二次量子革命が起こっており,
量子力学を応用したさまざまな量子技術の開発が世界中で進んでいる。
その一つにMRIの高感度化に繋がる超核偏極がある。
光を使った超核偏極は室温付近で駆動するという利点があるが,
大きな結晶を磁場に対して配向させる物理的アプローチが主流であった。
我々は「分子設計」という化学的アプローチにより,
磁場配向を必要としない, より実用的な超核偏極技術を見出した。

量子力学の性質を活用した応用,すなわち量子技術の開発が進んでいる。代表的な量子技術として量子コンピュータ,量子通信・暗号,量子センシングが挙げられる。新たな物質をデザインして創り出すことができる化学は,この量子の時代にどのような貢献ができるだろうか。

その候補の一つに磁気共鳴イメージング(MRI)を高感度化する超核偏極がある。MRIでは分子が持つ1Hなどの核スピンを検出するが,医療現場で用いられるMRIの磁場強度では上向きと下向きの核スピンがほぼ同じ数だけ存在し,それらが打ち消しあうため感度が非常に低い。この問題を解決する技術が電子スピンを用いて核スピンの向きを揃える超核偏極である。

中でもトリプレット超核偏極は室温付近の比較的高い温度でも駆動する方法である。簡単に言うと光と(電子レンジのような)マイクロ波を当てて超核偏極状態をつくりだす。具体的には色素分子が光を吸収して三重項という電子スピンを持つ状態となり,その電子スピンの向きの偏り(量子状態)をマイクロ波の照射により核スピンに効率よく受け渡すことで,核スピンの向きが偏った超核偏極状態を生成する。

しかし,このトリプレット超核偏極を応用していくためには大きなハードルがあった。それはcmサイズの大きな単結晶を作り,磁場に対して極めて厳密に配向しなければならないことである。ちょうど磁場の方向を向いている色素分子しか核スピンへの偏極の受け渡しができないため,色素分子の向きを揃えて用いる物理的なアプローチである。これは実験室では可能であるが,医療現場で行うことは現実的ではない。また,単結晶の中に入れることができる分子は限られ,病気の診断に必要なプローブ分子を超核偏極することができない。

そこで我々は化学者として,適切な分子を設計することで,分子の向きを揃えなくともトリプレット超核偏極が効率よくできることを見出した。フラーレンというボール状の分子は,光励起により分子全体に広がった電子スピンを持ち,分子の向きがばらばらでも核スピンへの偏極移行が可能であることに気が付いた。但しボールが変形するような動きのため電子スピンの偏極がすぐに失われてしまい,フラーレンそのままでは使い物にならない。そこで我々は対称性を落とすような二か所に選択的に化学修飾した二置換フラーレンが変形を起こしにくくなり電子スピン偏極をより長い時間保つことができることを見出し,それを用いたトリプレット超核偏極によりランダム配向では過去最高の10%を超える実用的な核スピン偏極を実証した。

この研究は緻密な分子設計による分子の量子状態制御が基盤となっており,化学が可能にする量子技術の好例であるといえる。今後ものづくりの化学が新たな量子技術を生み,その過程で化学の新たな可能性を引き出すことが期待される。

本研究成果は,K. Sakamoto et al., Nature Commun., 16, 10045 (2025)に掲載された。

磁場に対する向きがばらばらなフラーレン誘導体を用いた高効率なトリプレット超核偏極

(2025 年12月4日プレスリリース)

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