
筆者は現在,兵庫県にあるSPring-8(スプリングエイト)で働いている。SPring-8 は高いエネルギーのX線(放射光)を使って様々な分析を行う共用実験施設だ。一周約1.5 kmのリング状の建物が特徴的である。国内外の学術機関や企業から年間1万人近い研究者が訪れる。本稿の執筆も来所された平沢達矢先生(地球惑星科学専攻)からいただいたリクエストがきっかけである。
筆者の在学中の研究テーマは,アンモナイトという古生物の生態復元だった。当時も化石のCTスキャンのためにSPring-8を利用してたのだが,ここが職場になるとは思っていなかった。転機は博士研究員として化石のイメージング技術の開発を行ったことで,化石そのものよりも,化石を発見し可視化する手法やそのインフラに興味が移っていった。最先端の研究データを作り出す場としてのPring-8に魅力を感じて研究職に応募して,これまでの経験も活かせるCTスキャン分野のチームに配属された。
SPring-8 の CT スキャンも,病院にある装置と姿形は大きく異なるが原理は同じである。ただし持ち込まれる試料はさまざまで,生物,岩石,化石,企業が開発した新素材,工業製品,土木インフラ,さらには文化財もある。筆者が所属するチームでは,目的に応じた最適な実験手法を提案し,ユーザーが装置を操作するサポートを行っている。さらにユーザーに使ってもらうための新たな技術の研究も行う。筆者はCTスキャン装置とスパコンを連結して測定から複雑なデータ解析までを一串に自動化するシステムの開発を進めている。また,画像処理技術の開発を通して古生物学にも変わらず携わっている。
日々の現場を一言で表すと「団体総合格闘技」だ。X線の理解には物理学と化学が当然のこと,試料によっては生物・地球惑星科学・農・工・人文科学の知識も必要だ。高解像のデータを得るための装置の精密な制御は電気・機械工学,X線画像からCT画像をつくる処理は数学,大規模データ処理は情報科学がそれぞれ必須だ。CTデータを3Dでビジュアル表現するうえでは芸術学すら必要かもしれない。筆者を含めスタッフ自身の研究バックグラウンドもさまざまである。ありとあらゆる学問領域が交錯して繰り広げられる試合をチームワークで乗り越えていく。時にはハードな長期戦になることも多い。しかし,新発見が生まれる瞬間に文字通りリングの上で立ち会えることに魅力も感じている。
研究を進めた先に得られる高い専門性を自身のキャリアにどう活かすか,とくにニッチな分野で研究職を選ぶことに不安を抱く方は多いと思う。特定のテーマで先鋭化していくのが研究職,というイメージがあるかもしれないが,一方で,専門性とオールラウンド性が同居する研究職もある。本稿が進路選択で悩む方の参考になれば幸いである。

