search
search

理学部ニュース

理学部ニュース
理学部ニュース2025年9月号掲載

学部生に伝える研究最前線>

くさい花に至る 「進化の道」は狭かった

奥山 雄大(国立科学博物館/生物科学専攻(兼任) 准教授)

 

生物の中には,他の多くの生物が持たない能力を獲得したことで新しい生態的地位(ニッチ)を開拓し,繁栄を遂げているものがある。
新規能力の獲得がどのようなメカニズムによって実現したかを理解することは,古くから進化生物学における重大な関心事であり,
腐った肉のようなにおいを出してハエをだまし花粉を運ばせる奇妙な花はその好例である。
私たちは最近,いかにして複数の植物の系統がこのくさいにおいを出す能力を獲得したかを解明することに成功し,
この特殊な進化が予想に反し比較的簡単なステップで起こりうることを示した。

私たちは,陸上生態系の根幹をなす多様な被子植物が,昆虫をはじめとするさまざまな花粉媒介者(送粉者)とどのように関係して進化してきたかに関心を持って研究を行っている。カンアオイの仲間(ウマノスズクサ科)は種ごとにそれぞれ花の香りが著しく異なり,異なる種のハエの仲間を花に誘引し,蜜などの報酬を与えることなく送粉者として利用している。その花の香りの多様性の重要な構成要素の一つとして,腐った肉や肉食動物の糞などのにおいの主成分であるジメチルジスルフィド(DMDS)があった。カンアオイの仲間にはごく近縁な種間でこの成分を出すものと出さないものがあることから,これらを比較することでこれまで誰も知り得なかった「花がDMDSを生成する仕組み」を明らかにできるのではないかと着想した。

そこでカンアオイの仲間の種間のDMDS量の違いを発現量からよく説明できる遺伝子を絞り込み,最終的に2つの遺伝子MGLとSBPを特定した。これらの遺伝子産物である酵素の働きを調べたところ,硫黄を含むアミノ酸の一つであるメチオニンを基質として,この2つの酵素の働きによってDMDSが生合成されることを突き止めた。特にSBPがコードする酵素による2段階目の反応はこれまで知られていないものであり,「くさいにおい」を出す能力の根幹に関わるものであったため,この酵素を新たにジスルフィドシンターゼ(DSS)と名付けた。

DSSは明らかにカンアオイの仲間で新たに獲得された酵素であるはずだったが,さらなる調査の結果,驚いたことにカンアオイと全く異なる系統のヒサカキ,ザゼンソウにも同じ働きを持つ酵素が存在することが判明した。詳しく調べた結果,カンアオイ,ヒサカキ,ザゼンソウのDSSは被子植物が共通して持っている遺伝子SBPにゲノム中でコピーが生じ(遺伝子重複),その後酵素の働きを変える共通のアミノ酸の変化が起きて生じたものであり,この同じプロセスはそれぞれの植物の系統で独自に起きていたことが明らかになった。これは,異なる生物の系統が共通した自然選択によって同一の性質を進化させるプロセスが分子レベルで起きた現象(分子収斂進化)であり,くさい花は驚くべき生物進化のメカニズムを私たちに垣間見せてくれたのだった。本研究成果は,Y. Okuyama et al., Science, 388, 656(2025)に掲載された。

(2025年5月9日プレスリリース)

 


陸上植物のSBP遺伝子の分子系統樹。SBPは本来メタンチオールオキシダーゼ(MTOX)の働きを持つ酵素をコードしているが,カンアオイ属,ザゼンソウ属,ヒサカキ属の系統で独立に遺伝子重複が起こり,DSSの機能を獲得していることがわかる(矢印)