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理学部ニュース

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理学部ニュース2025年7月号掲載
理学のススメ>

~ 大学院生からのメッセージ~
実験室で新しい氷の結晶を探す

 


小林 大輝Hiroki Kobayashi
化学専攻
博士課程2年生
出身地
東京都
出身学部
東京大学理学部化学科

化学組成が共通で構造が異なる結晶のことを多形と呼びます。温度や圧力を変えると,結晶構造が変化するのは普通のことで,例えば黒鉛とダイヤモンドがどちらも炭素の多形であることは有名です。しかし、私の研究対象である氷は,20種類を超える結晶構造が知られており,他を圧倒する構造多様性をもちます。これらは雪の結晶の氷をice Iとし,概ね発見順にII, …, XXとローマ数字で番号が振られています。

氷の発見史をたどると,ひとつのアイデアから複数の多形が発見されてきたことがわかります。21世紀の発見に限っても,酸を少量加えた水溶液から高圧氷を作製したのち,冷却する方法(ice XIII & XIV, 2006年/ice XV, 2009年/ice XIX, 2021年),クラスレートハイドレート(水分子のつくるケージ構造にゲスト分子が取り込まれた結晶)からゲスト分子のみを抜き取る方法(ice XVI, 2014年/ice XVII, 2016年/ice Ic, 2020年),高温高圧で水素原子が激しく結晶中を動き回るような状態を作り出す方法(ice XVIII, 2018年/ice XX, 2021年),の3種類に大別できます。しかし,これらは世界中のグループが実験を行い「調べ尽くされた」ともいえそうです。そろそろ,まったく新しい種類のアイデアが必要かもしれません。

実際に存在する氷多形の数は20よりはるかに多いと考えられます。その有力な根拠が計算機実験です。これまで,数えきれないほど多くの未知氷多形が理論計算から予測されています。もちろん,現実には存在しないものも含まれるでしょうが,全てがそうであるとは思えません。たとえば,2025年3月,理論計算により長年予測されてきた'plastic ice VII '(水分子が結晶を作りつつもダイナミックに回転する状態)を,高温高圧で実験的に観測したという報告がなされました。理論計算が間違いだったのではなく,実験が追いついていなかっただけだということが,またひとつ証明されつつあります。実験室で新しい氷の結晶を探すことは,「水という物質を深く理解する」という大きな問題へとつながっています。

私はX線回折や中性子回折と呼ばれる手法を用い,GPa(ギガパスカル)という単位を用いるような高い圧力で現れる多形を研究しています。これまでJ-PARC, KEK, SPring-8*といった大型施設で実験を行ってきました。2025年2月からはフランス・パリに渡航し研究を続けています。日本では新しい氷多形の探索を目的として実験を行ってきましたが,フランスでは,既知の高圧氷多形を調べ直してみようと考えています。たとえば,ice XVという多形は,2009年に発見されたあとも,理論計算でその構造を再現できない状況が続きました。私は,他の多形になくice XVに特有ないくつかの「異常な振る舞い」に着目し,それらを実験で丹念に調べることで,この問題にアプローチできないかと考えています。

化学といえば新しい物質を作り出すというイメージが強く,H2Oをあれこれ研究している私は変わり者にみえるかもしれません。事実,氷の研究分野では,物理と化学の境界は曖昧ですし,地球惑星科学へと研究を広げることもできます。多様な背景・経歴をもつ世界中の研究者がアイデアを出しあって研究が深まっていくのは,水という,普遍的でシンプルな物質を研究対象としているからこその面白さだと感じます。


(サファイアアンビルセルと呼ばれる高圧装置を用い,1 GPa,室温で作製したice VIの単結晶。パリで作製した結晶を,同じくフランスはグルノーブルにある研究用原子炉Institut Laue Langevinへ運び,中性子線と呼ばれる粒子線を照射して結晶構造を詳細に調べる計画