魚が脳下垂体で直接光を感じる仕組み
福田 彩華(生物科学専攻 博士課程3 年生)*研究当時
神田 真司(大気海洋研究所/生物科学専攻(兼務) 准教授)
魚の頭をじっくりと見たことがあるだろうか。生しらすなどはもちろんだが,メダカなども,
まじまじと見てみると脳の形がうっすらとわかるくらいに頭蓋が透けていることに気づく。
つまり,光は脳に届いいるのだ。われわれ脊椎動物は,眼に発現する光受容分子(オプシン)で
環境の光情報を得ていることに加え,脳などにもたくさんの非視覚性のオプシンが
発現していることがわかってきたが,その生理学的意義の解明はあまり進んでいない。
頭が透明な生物は,われわれ人間よりも脳などに光が届き,眼以外で光情報を直接得ているのではないか。
そんなことのひとつが,脳よりもさらに深部にあるホルモン分泌器官,脳下垂体で見つかった。
脳下垂体は,脳(視床下部)の指令にしたがってホルモンを分泌する器官で,生殖腺刺激ホルモン,成長ホルモン,プロラクチンなど,各種のホルモンを分泌する細胞が集まっている。今回,脳下垂体を構成するさまざまな細胞でホルモン分泌の仕組みを調べる実験をしていたところ,体色を黒くするホルモン(黒色素胞刺激ホルモン,MSH)を分泌する細胞(MSH 産生細胞)が,光に応じてホルモンを放出していることを見つけた。
この発見の鍵になったのは,Ca2+ イメージングという手法である。ニューロンやホルモン分泌細胞(内分泌細胞)では,細胞内のカルシウムイオン濃度( [Ca2+]i)の上昇が神経伝達物質やホルモンの放出の引き金となる。MSH 産生細胞に,[Ca2+]i が上昇すると蛍光強度が強くなるCa2+ インジケーター(GCaMP)を発現させた遺伝子改変メダカをつくり,これを蛍光顕微鏡で観察してみた。GCaMP を観察するためには,比較的強い青色光を励起光として照射する必要がある。励起光を照射して蛍光観察をすると,[Ca2+]i が上がっていくことに気づいた。この現象は,MSH 産生細胞が光に応答して,ホルモンを放出していることを強く示唆した。これを詳細に調べてみると,MSH 産生細胞には紫外光(UV-A)にもっとも強く反応する非視覚性オプシンのOpn5m が発現していることがわかり,さらにOpn5m が短波長光で活性化されると細胞内のシグナル伝達系(Gq タンパク質・IP3)を介して,[Ca2+]i を上昇させていることがわかった。そこで,opn5m 遺伝子をノックアウトしたメダカを作製した。このメダカは,Ca2+ イメージングでまったく光応答を示さなくなったため,Opn5m がこの現象に必須であることがわかった。次にこのノックアウトメダカを用いて,個体レベルで何が起きているかを調べた。MSH はメラニン産生を促進するホルモンである。UV-A を含む光条件で飼育したところ,表皮のメラニン産生に関与する酵素の遺伝子発現量がノックアウトメダカでは低くなっていた。また,実際の体色の黒さを解析するにあたり,身体がどれだけ光を通すかを定量したところ,ノックアウトメダカでは,光の透過度が上がっていた。すなわち,MSH 産生細胞上のOpn5m がUV で活性化されることで,MSH が放出され,体表のメラニン産生が増強される,ということになる。
これらの実験から,メダカは脳よりも深部にある脳下垂体において直接光を感じることによって細胞にとっての有害なUV に対する防御を強化をする,というメカニズムが新しく見つかった。生物は,わ れわれの直感を超えた仕組みを,まだまだ多く隠し持っていそうだ。

本研究成果は,A. Fukuda et al. , Science , 387,43(2025)に掲載された。
(2025 年1 月7 日プレスリリース)