理学部ニュース
理学部ニュース2024年11月号掲載
理学のススメ>
~ 大学院生からのメッセージ~
南太平洋の巨大津波 〜理学から神話,考古まで〜
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中田 光紀 |
地球惑星科学専攻 博士課程1年生 |
出身地 千葉県 |
出身高校 開成高校 |
出身学部 東京大学理学部 |
平地にポツンと人の背丈の数倍の高さはあるような巨大な岩(図)。その重量は約1600トンと推定されている。その存在は異彩を放ち,神々しさすら感じる。この巨大な岩は南太平洋トンガ王国のトンガタプ島にあり,現地では「マウイ・ロック(Maui Rock)」と呼ばれている。
この岩はどこからきたのだろうか?詳細な説明は省くが,この岩は海岸付近から過去の巨大津波によって運ばれた,いわゆる「津波石」である可能性が指摘されている。実際にトンガは近辺に海溝や海底火山が存在し,津波発生リスクが高い地域である。直近では,2022年にフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の噴火に伴い最大遡上高20 mを記録する津波に襲われている。
しかし,このようにトンガでは過去に巨大津波が発生した可能性が十分考えられるものの,その履歴や規模についてはいまだ明らかになっていない。そこで私は現在,トンガにおける過去に発生した津波の実態を明らかにすべく研究をおこなっている。
トンガでは歴史記録に乏しいため,過去の津波の実態を明らかにするためには,津波によって形成された地質学的痕跡を探る必要がある。津波の地質学的痕跡としては,前述した津波石のほかに,地層中に保存されるシート状の堆積物(津波堆積物)が知られている。われわれは,2023年11月と2024年7月にトンガタプ島においてこれらの痕跡を探りに現地調査を行った。調査の結果,トンガタプ島のいくつかの地点において複数の津波堆積物を発見することができた。
ちなみにではあるが,これが私にとって初めての海外での調査であった。慣れない環境や食事など大変な面もあった一方,現地の方との交流は面白く,得難い経験となった。例えば7月の調査では現地の方に,カヴァパーティーに招待され参加した。カヴァとは,ポリネシアで一般的な飲料であり,コショウ科の木の根の粉末に水を加えて濾したものである。見た目は泥水のようで,飲むと舌に軽い麻痺をもたらし,また軽い酩酊状態となる。カヴァパーティーではバケツいっぱいのそれをひたすらみんなで飲み続けるのである。人生で経験のない味,ぼーっとしていく頭。貴重な異文化体験であった。
さて,研究に話題を戻すと,過去の津波履歴を明らかにすることは理学としてだけでなく,津波防災を考える上においても非常に重要である。事実,私がこの研究を始めたのも,防災に貢献したいという気持ちがあったからだ。
ただ,この研究の面白さはそれだけでない。たとえば上述したMaui Rockだが,トンガには半神半人のMauiが人食い鳥を殺すために海からこの岩を投げたとの神話がある(これがMaui Rockの名前の由来である)。実はこの人食い鳥が津波のことを指しているのではとの説がある。また,15世紀ごろにはトンガを含む南太平洋の島々において内陸への拠点移動や紛争の増加,島々間における長距離貿易の停止がほぼ同時に発生したことが考古学的研究から知られている。ある研究者はこの社会変容が巨大津波に関係している可能性を指摘している。

A トンガ王国トンガタプ島の「Maui Rock」。 B 現地調査の様子。地層に残されている津波堆積物を発見するためにトレンチを掘った
このようにトンガでは歴史文献記録は乏しいものの,過去の巨大津波の記録が神話や考古学的痕跡として残っている可能性があるのである。なんともロマンをくすぐられる内容ではないだろうか!