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理学部ニュース

~ 大学院生からのメッセージ~
数理モデルを駆使した酵素の時間特性の解明

 


関根 由佳Yuka Sekine
化学専攻
博士課程2年生
出身地
埼玉県
出身高校
埼玉県立浦和第一女子高校
出身学部
お茶の水女子大学理学部

 

高校生の頃,漠然と「生き物」に興味があり生物部に所属していた。一方で物理や数学への興味もあり,人体運動をアシストするロボットの開発に憧れたことも,SSH(スーパーサイエンスハイスクール)で乾電池の抵抗についてグループで研究をしたこともあった。どの分野に進むか悩んだが,直感的に「生命現象をシステマティックな視点で詳らかにできたら面白そう」と思い,物理や数学を含む多様な分野に間口の広い化学を学んだ上で,生物の研究をしたいと考えた。その目的のもと,学部では化学を主専攻として学ぶ傍ら,生物学科の講義も履修した。その中で,細胞内ではたらくタンパク質をはじめとする生体分子に強い興味を覚えた。種々の分子が織りなすネットワークによって,複雑かつ緻密なメカニズムで生命現象が制御されているさまに心が惹きつけられた。 

大学院では,細胞内シグナル伝達で情報伝達を担う酵素について,その活性化の時間特性を研究している。酵素の時間特性は生命現象の理解に加え,疾患の治療でも着目されている。例えば糖尿病治療で行うインスリン投与で,インスリン作用に関わる生体分子の経時的な活性化量の変化がわかれば,より効果的にはたらく投与間隔の決定に有効な情報となることが期待される。

とくに私は,シグナル伝達で中心的にはたらく酵素Aktの3種のアイソフォーム注)を研究対象としている。各Aktアイソフォームは固有の時間特性を示すことで細胞機能を選択的に制御することが示唆されている。しかし3種の時間特性を個別に調べられる方法論はなく,詳細は明らかではなかった。

そこで,特定の分子の活性を外部光で人為的に操作できる光制御法を用いて,3種のアイソフォームを個別に調べられる系を樹立した。さらに数理モデル解析(いわゆる 「ドライ」) を組み合わせることで,アイソフォーム毎の時間特性について,生化学的実験(いわゆる「ウェット」)からだけでは得難い情報を含め,詳細な解明を目指している。具体的には,各Aktアイソフォームの活性化機構について関連するシグナル伝達分子を組み込んだモデルを構築し,実験値をフィッティングすることで速度論的パラメーターを得る。各パラメーターの生物学的意味を考察し,アイソフォーム間の時間特性の差異が何に起因するかを詳細に明らかにすることが目標だ。数理モデル解析によって,たとえば実験的に求めることが難しい分子間反応の速度の違いや細胞応答との関連を定量的に予測することができ,またより効果的な実験デザインの構築に役立てることもできると考えている。ウェットとドライの「二刀流」で仮説検証を繰り返すことで,誰も明らかにしたことのない,Aktアイソフォームの時間的活性化機構の詳細を解明できるところに,私の研究の面白さがあると感じている。


光制御法によって3種のアイソフォームAkt1,Akt2,Akt3の活性を制御する。実験的に測定した各アイソフォームの活性化の時間特性を,細胞応答との関係を含め,数理モデルによって解析することを目指す

研究室のメンバーだけでなく,物理学専攻の先生とも数理モデル解析について議論する機会をいただいている。異分野の用語や考え方に戸惑うこともあるが,議論を通じて,それまでらちが明かなかった部分を新たな角度で解決できる糸口を得られたとき,嬉しさを感じる。今後もさまざまな研究者と議論し,化学を中心とした多様な分野の知見に立脚して生命現象を詳らかにできる研究者を目指したい。

注)アイソフォーム:一部のアミノ酸配列に違いがある亜種のような存在。機能や発現量などに,重複や差異を示す。

 

理学部ニュース2024年9月号掲載

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