search
search

理学部ニュース

~ 大学院生からのメッセージ~
不変的な面白さを追い求めて

 


山本 章人Akito Yamamoto
情報理工学系研究科
博士課程1年生
出身地
兵庫県
出身高校
私立灘高等学校
出身学部
東京大学理学部 情報科学科

 

はじめに断っておくと,私が今,研究の世界に身を置いているのはまさに運の賜物である。もともと研究に興味があったわけでも,研究者に憧れがあったわけでもない。優れた頭脳や独創的な思考も持っていない。もし,最初に配属された研究室の雰囲気が合わなかったら。研究テーマを与えられてしまっていたら。そもそも情報科学科に進んでいなかったら。これまでを振り返ると,現在の私があるのはひとえに,環境・周りの方々のおかげである。

これほど恵まれた場所に導いていただいた以上は,ただ頭で考えるだけで空虚に過ごすわけにはいかない。最低限,受けた恩を返す程度は,少なからず貢献を果たす責任がある。その状況で唯一,私にできたことは,自分の心にひたすら従うこと,すなわち,心がたしかに動く・面白いと感じることに徹底的に向き合い,オリジナリティを生み出すことであった。そして,今の私にとってのその対象が「差分プライバシー」である。これは,暗号理論分野で生まれた,似た2つのデータセット間の差分を評価できる概念である。

とくに私は,差分プライバシーの「プライバシー」ではなく「差分」に面白さを感じている。それゆえ,定義の名称として現在広く認知されているε-differential privacy(イプシロン-ディファレンシャル・プライバシー)よりも,黎明期にみられたε-indistinguishability(イプシロン-インディスティングウィシャビリティ)の方が好きである。実際この概念は簡単に,データの一種の区別できなさ度合いを評価するもの,とみなせる。ここでのデータとしては,社会における個人情報やグラフなどのより抽象的なものも扱われる。現時点では,プライバシー保護の文脈でプライバシーレベルの評価に用いられることが主であるが,個人的にはそれ以外の可能性もあるのではないかと思っている。

以上の動機のもとで,私は現在,差分プライバシーの世界における効率的なアルゴリズム・基本メカニズムの充実化に向けた研究を軸に,それらを活用したプライバシー保護技術,とくに大規模ゲノム統計解析と医療データ共有を見据えた手法の開発に取り組んでいる(図)。これらの応用先は,健康意識の向上や個別化医療の実現・普及に伴い,プライバシー保護の必要性が今後さらに増すと予想されるところである。また,ゲノム情報は「究極の個人情報」といわれ,社会における重要性もきわめて高い。大規模データを扱ううえで,アルゴリズムの観点から面白い問題も依然多く残っており,文脈を無視しても心が高鳴る新しい問題が見つかることも稀にある。これらを解いて仕事として残せることは,私にとって研究の一番の醍醐味である。


私の研究の概観

周辺の流行としては,機械学習分野やプライバシー・セキュリティ領域を中心に,実データ解析における有用性の向上や現代社会での利用に即した手法の拡張・評価を目指した研究が盛んに行われてきている。一方で,少なくとも私にとっては理論そのものが未だ十分に成熟したものではなく,応用・利活用を考える以上に,基礎的な部分をより精緻に深化させる必要性も強く感じている。

実際にこれらの課題に取り組んでいる最中は,正直なところ,自分の力のなさに嫌気が差すことがほとんどである。しかし,社会の潮流に依存しない,さりながらあらゆる社会の可能性を広げられる「不変的な面白さ」がたしかにそこにはあると信じて,もがきながらも真摯に,そして自由に理学と向き合い続けたい。

 

 

理学部ニュース2024年3月号掲載

理学のススメ>