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理学部ニュース

新しい結合が拓く「化学のものづくり」

塩谷 光彦(化学専攻 教授)

周期表は「化学のものづくり」の原点である。従来の有機合成では,炭素–炭素結合のような強い共有結合で原子をつなぎ,新しい分子を次々と生み出してきた。著者は薬学部薬品製造化学教室で有機合成の「いろは」を学んだが,50年ほど前に提唱された「超分子」の概念により,合成化学者の視点が変わりつつあったことを感じていた。この流れは,著者にとっても周期表をより広く使う好機となった。超分子は,2個以上の分子が共有結合以外の比較的弱い結合(水素結合など)や疎水効果により,緩やかにつながった分子集合体である。分子間のつながりは弱いため,外から刺激(温度や光)を与えると,つながりが切れたり,入れ変わったりもする。そのため,形や大きさが変わるだけでなく,分子間の協同作用で個々の分子には見られない性質が生まれうる。さらに,金属原子も超分子合成の材料になるため,金属特有の構造や性質の変化を伴う超分子形成は,多くの研究者の耳目を集めることとなった。このような超分子化学の概念は,分子の強い結合と分子間の緩やかなつながりを巧みに扱う合成化学を発展させ,異分野をつなぐ新しい学術的価値を生み出してきた。

著者は2018年に,N-ヘテロ環状カルベン配位子(L)を用いた炭素中心型金(I)クラスター([CAu6L6]2+)を報告した。この金(I)クラスターの中心炭素イオン(C4–)は6個の金(I)イオン(Au+)に結合し,それらの金(I)イオンには外側から配位子(L)が1個ずつ結合している。この分子構造は,12個のC–Au結合だけでなく,多数のAu–Au相互作用によっても安定化されている。すなわち,1個の金(I)イオンには2個の炭素原子が結合し,さらに4個の金(I)イオンが相互作用している。この分子は固体中では弱く発光するが,液体中では光らない…こともわかった(図左)。

       
炭素中心型金(I)クラスター(左)と細胞内で光って移動する金(I) – 銀(I)クラスター

これらの結果を得て,「光るカメレオン分子を作りたい」著者(超分子化学),「光る分子の個性を解き明かしたい」江原正博先生(理論化学@分子科学研究所),「光る分子で生命分子をライトアップしたい」小澤岳昌先生(分析化学@東大化学),「光りながら走り回る分子を追いかけたい」蒲池利章先生(生物無機化学@東工大)の四つの研究チームが立ち上がった!そしてついに,金(I)–銀(I)クラスターが強いリン光を発し,細胞内の決まった道を中心に向かって移動することを発見した(図右:Nature Communications, 13, 4288,2022)。単独行動なのか,相棒がいるのかは,まだ誰も知らない。

金(I)クラスター中の炭素イオンと金(I)イオンは,通常より多くの手を持った少々変わった構造を持つ。有機化合物中では通常4本の結合の手を持つ炭素が6本の手を持ち,2本の手を持つ金(I)は6本の手を持っている。理論計算により,一つ一つの結合は手の数が多い分だけ共有結合より弱くなるが,多くの手でつながることにより分子全体が安定化されることがわかった。このことは,強さが異なる結合を適切に配置して一つの分子を作るアプローチに,新たな指針を提示する。分野をまたぐ研究は,「化学のものづくり」に新たな切り口を拓きつつある。


理学部ニュース2024年1月号掲載

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