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理学部ニュース

暗く赤い花に秘められた未知なる送粉シンドローム

望月 昂(植物園 助教)
川北 篤(植物園/生物科学専攻 教授)

 

ここは台湾,烏来の山中。タイワンアズサの赤い花を訪れる昆虫を探している。これは2年ぶり,2回目の挑戦だ。
観察を始めたときには登り始めていた陽は,遠い山の奥へと消えていった。
今回もダメなのだろうか…夜の森にいっそう心細くなる。
諦めつつもヘッドライトで花を照らすと,小さな虫がうごめいた。
これこそ探していた送粉者・キノコバエだった。
歓喜の叫びと共に成し遂げられたこの観察は,被子植物に未知の送粉シンドロームが存在することを示唆する重要な一片であった。

被子植物は蜜や花粉を報酬として動物を花へ誘い寄せ,個体間での花粉の授受(送粉)を成し遂げている。植物には多様な花が見られるが,クチナシやハマユウのようにスズメガに送粉される植物は白く芳香のある花を咲かせるなど,同じ送粉者をもつ植物が似た花をもつ場合がある。これは送粉シンドロームと呼ばれ,古典的に,ハナバチや鳥など,送粉者に応じた11タイプの花が知られてきた。しかし,このタイプ分けが花の多様性のすべてを記述するわけではなく,身近な植物でもどのタイプにも属さない花をもつものがある。特に,ワインのような深い赤い色をもつ花は,進化的な系統が異なる複数の分類群で起源しているが,送粉者との関係はほとんど未知であった。

私たちは,以前の研究で,日本の山林に広く自生するアオキなど5科7種の植物が,「小さく平たい暗赤色の花に,短い雄しべと露出した蜜腺をもつ」という互いに類似した花をもつことを報告していた。これらの植物はいずれもキノコバエという双翅目昆虫注)に送粉されることから,共通した花形質はキノコバエに送粉されることに伴う進化の結果である可能性を指摘していた。

今回の研究では,暗赤色または緑白色の花がみられるニシキギ属植物において,暗赤色花とキノコバエとの進化的関係性を検討した。日本,台湾,アメリカ合衆国を舞台に,約258時間の野外観察を行い,1,853頭の訪花昆虫を採集し,体表に付着した花粉に基づいてそれぞれの昆虫の送粉への寄与を評価したところ,暗赤色花をもつ5種はキノコバエに,緑白色花の7種はハナバチや大型のイエバエ,甲虫に送粉されることがわかった(図)。送粉者タイプと花形質の進化的関係性について調べたところ,キノコバエによって媒介される送粉は,暗赤色の花弁,短い雄しべ,アセトインを中心とした花の匂い,と相関することがわかった。このことは,キノコバエへの適応が,花形質の協調的な進化,すなわち送粉シンドロームをもたらしたことを示唆している。

ニシキギ属における花色と送粉様式の進化パターン。系統樹上の円グラフは,その系統が分岐した時点において緑白色または暗赤色どちらの花色をもっていたかの確率を示す

 

今回,送粉シンドロームに新たなタイプが加わり,キノコバエとの相互作用が花の進化に重要な役割を果たすことが明らかになった。キノコバエを含む双翅目昆虫は花を訪れる代表的な昆虫であるものの,花の進化との関係性はほとんど検証されたことがなく,貴重な実証例になった。一方で,暗赤色の花をもつ植物のすべてがキノコバエに送粉されるわけではない。ひとつひとつ,野外での観察を重ねることで,暗赤色の花の生態と進化を明らかにしていきたい。

本研究は,K. Mochizuki et al., Annals of Botany 132, 319–333(2023)に掲載された。

注:別名ハエ目。ハエやカ,アブ,ガガンボなどを含む昆虫分類群

 

(2023年8月24日プレスリリース)

理学部ニュース2024年1月号掲載

 

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