DATE2023.08.24 #Press Releases
被子植物で稀な暗赤色の花の進化的背景を解明
――キノコバエがもたらす花の色、かたち、匂いの同調的進化――
望月 昂(附属植物園 助教)
川北 篤(附属植物園 教授)
発表のポイント
- ニシキギ属植物において、「赤い花、短いおしべ、アセトインを主成分とする花の匂い」という特異な花形質が、双翅目の1グループであるキノコバエによる受粉の進化に伴って獲得された可能性を示しました。
- キノコバエが複合的な花形質(送粉シンドローム)の進化に貢献している可能性を初めて示しました。
- ハエやアブ、カなどを含む双翅目の昆虫は数多くの植物にとって重要な送粉者ですが、どのように花の進化に関わるかはよく分かっていません。本研究は、花の多様化プロセスにおける双翅目昆虫の役割の理解を深めると期待されます。
多様な花をもつニシキギ属植物とその送粉者
発表概要
ハエやアブ、カなどを含む双翅目(そうしもく)(注1)の昆虫は、ハナバチ(注2)についで多数の植物の受粉に関わる重要な送粉者(注3)です。双翅目昆虫に送粉される植物は、花形質に基づき3つのタイプに分けられるといわれる一方で、例外や中間的なものも多く、分類は疑問視されることがあります。またそれらの花形質が双翅目送粉者への適応によって進化したかどうかは、ほとんど検討されてきませんでした。そのため、双翅目昆虫が花を訪れるということはよく知られているにも関わらず、花の進化との関係性はほとんど分かっていなかったのです。
今回、東京大学大学院理学系研究科附属植物園の望月昂助教と川北篤教授は、岐阜大学、国立台湾大学、シカゴ植物園、ローザンヌ大学との共同研究として、ニシキギ属(注4)の複数植物種について、送粉者と花形質を比較しました。その結果、キノコバエ(注5)という双翅目昆虫に送粉される植物が共有する「赤い花、短いおしべ、アセトイン(注6)を主成分とした花の匂い」という複数の形質が、キノコバエによる送粉の獲得とともに進化した可能性を示しました。
この研究は、キノコバエを含む双翅目昆虫が、複数の花形質の同調的な進化にかかわっていることを、近縁種との比較を通じて初めて明らかにしました。また、被子植物の花にみられる新しい収斂進化(しゅうれんしんか注7):送粉シンドローム(注8)の発見となり、花の多様性の理解に貢献しました。
発表内容
〈研究の背景〉
特定の動物に花粉媒介(以降、送粉)される植物は、互いに遠縁であっても、しばしば似たような花をつけます。これは、送粉者への適応に伴う花の収斂現象で、送粉シンドロームとよばれます。古典的に送粉シンドロームには11のタイプが知られており、芳香を放つ白い花を夜に咲かせるウリ科のカラスウリとアカネ科のクチナシがともにスズメガ(注9)に送粉される植物であるというのが身近な良い例でしょう。
数ある送粉者の中でも、双翅目昆虫に送粉される植物には3つのタイプがあるといわれていますが、例外や中間的なものも多く、分類は疑問視されることがあります。また、それぞれの花形質が本当に双翅目送粉者への適応によって進化したかどうかは検討されてきませんでした。双翅目昆虫は、ハナバチに次いで多数の植物の受粉に関わる重要な送粉者であるにも関わらず、送粉シンドロームに代表される花の進化との関係性はほとんど不明です。
今回の研究では、一部の種がキノコバエという双翅目昆虫に送粉されることが先行研究で分かっているニシキギ科ニシキギ属植物に着目しました。キノコバエはケバエ上科に属し、幼虫期に菌類の子実体や菌糸、コケなどを食べる昆虫です。テンナンショウをはじめ、これまでに12科の植物で送粉者として知られ、2018年に本研究グループは、アオキやサワダツなどの5科7種の植物が吸蜜するキノコバエに送粉されていることを報告しています。これらの植物は「暗赤色の花弁(ないし花被片)、短いおしべ、7mm前後の平たい花」という共通性をもつことから、送粉シンドロームが疑われています。
サワダツ、ムラサキマユミ、クロツリバナという3種のキノコバエ媒花(注10)を含むニシキギ属は、世界に130種ほどが知られます。種によって花の色やかたち、匂いに違いが認められるため、送粉者と花形質の関係性を種間で比較することで、キノコバエへの適応が花形質の進化をもたらすかどうかを検討できると考えました(図1)。そこで本研究では、日本、アメリカ、台湾に生育する計10種のニシキギ属植物と、ニシキギ属に近縁なクロヅル(クロヅル属注11)について、送粉者と花形質(花の色、匂い、かたち)を調べ、これらの種を含んだ分子系統樹を用いて、キノコバエ媒の送粉様式の進化と花形質の変化が相関しているかどうかを調べました。
図1:ニシキギ属の花の多様性
被子植物では比較的まれな、暗い赤色の花をもつ種がある。色に加えて、おしべの長さや花の匂いに種間で差がある。赤い花の種はキノコバエに送粉される。
〈研究の内容〉
本研究では、暗赤色ないし赤色の花をもつ種(以降、赤花種)として5種、白色、緑白色、緑黄色をもつ種(以降、白花種)として6種を研究対象としました。2015年から2022年にかけて、それぞれの植物の自生地で送粉者の調査を行い、累計約258時間の観察で1853頭の訪花昆虫を得ました(日本産赤花種の3種については先行研究のデータを利用)。
驚くべきことに、暗赤色の花をもつ外国産の2種:北米に分布するムラサキマサキEuonymus atropurpureusと台湾から東南アジアにかけて分布するタイワンアズサE. laxiflorusの花には、日本産の3種と同様に薄暮の時間帯にキノコバエが訪花していました。一方で、白花種ではキノコバエによる訪花は少なく、ハナバチやハナアブ、ヒメハナカミキリの仲間など、花粉食性の昆虫の訪花が多くみられました。得られた訪花昆虫は行動や形態をもとに12のグループにわけ、それぞれの訪花頻度や体表に付着した花粉の数から、各グループの送粉者としての重要度を算出しました。その結果、赤花種はキノコバエが最重要な送粉者であり、白花種はハナバチや大型のイエバエなどに送粉されていることが分かりました。
次にこれらの種の花の色が昆虫からどのように見えているかを評価しました。具体的には、花弁の反射スペクトル(注12)を測定し、イエバエ(双翅目)とセイヨウミツバチ(膜翅目注13)の色覚モデル(注14)に当てはめ、虫から見たときの見え方として評価をしました。その結果、赤色種と白色種の花は、両方のモデルで異なる象限に位置したことから、ヒトからみた赤色と白色は、双翅目と膜翅目からみても異なる色として認識されている可能性が示唆されました(図2)。
図2:イエバエの色覚モデルを用いた花の色の見え方の推定
それぞれの象限に含まれる点は同じ色として認識され、象限が異なれば違う色として認識される。
さらに、一般に送粉者誘引の重要な要素である花の匂いについて、ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)によって分析を行いました。その結果、白花種の花の匂いはピネンやカリオフィレンなどのテルペン類が主要な成分である一方で、赤花種はアセトインというヨーグルト様の香りをもつ化合物が主要な成分であることが分かりました(ただし、タイワンアズサを除く)。こうした花香の構成は、ほかの被子植物に類を見ないものです(図3)。
図3:ニシキギ属植物の花の匂い成分の類似度を示した図
点の距離が近いほどに似た匂い組成を示す。右図に示した5つの成分が、赤花種と白花種の違いの約50%を説明する。見やすさのため、一部の赤花種については点を結んである。
最後に、新たに分子系統樹を構築し、系統的独立対比(注15)という手法を用いて、「キノコバエ媒の進化に伴って花形質も進化した」という仮説を検討しました。送粉者、双翅目昆虫からみた花の色、アセトイン放出の有無といったデータに加え、おしべの長さを測定し、これらの間の進化的な相関関係を調べました。その結果、キノコバエによる送粉の貢献は、赤い花、短いおしべ、アセトインの放出と相関していることが分かりました(図4)。このことは、これらの花形質がキノコバエに送粉を委ねることに伴う収斂進化、すなわち、送粉シンドロームであることを示唆しています。
図4:送粉者と花形質をマップした、ニシキギ属植物の分子系統樹
調査を行った種について、各形質が系統樹の枝の先端にボックスで示されている。ボックスは左から、キノコバエの送粉者としての重要度(黒いほど重要)、ハエからみた花の色(黒いものが赤色、白いものが白色に相当)、おしべの長さ(黒いほど短い)、アセトインの有無(黒いとアセトイン有り)を意味している。系統樹上の数字は各分岐の事後確率を示す。
キノコバエ媒送粉シンドロームは、双翅目媒花でみられる既知の3つのタイプの花のどれとも異なるため、新しいタイプの送粉シンドロームであるといえます。ただし、キノコバエが赤色やアセトインを好むかどうかは不明なので、これらの形質は、キノコバエ媒への適応の副産物の可能性も残されています。
双翅目昆虫が花の進化に影響を及ぼしている可能性を近縁種との比較を通じて検討した研究はこれまでにごくわずかです。最近の研究では、双翅目に送粉されることと、花が黄色くなることが相関している可能性が指摘されています。またニシキギ属同様にキノコバエに送粉されるチャルメルソウ属では、キノコバエの口の長さによって花の筒の長さが変化することが知られています。
今回の研究では、キノコバエ、ひいては双翅目昆虫の送粉者に対して、花の色、かたち、においという複合的な形質が進化する可能性を初めて示すことができました。また、赤色系の花は鳥や蝶と関係していることは古くから知られていましたが、その他の昆虫類との関係性は不明なままでした。赤色の花がキノコバエに進化的関係性があることを示せたことは、花の色の多様性の理解を大きく推し進めることになりました。
〈今後の展望〉
双翅目昆虫は花を訪れる代表的な昆虫の一つですが、花の進化との関係性はほとんど分かっていません。双翅目の中には、キノコバエのほかにも、花に独自の進化をもたらしたものがあるかもしれません。双翅目を「ハエ」と一括りにするのでなく、細やかな分類群に着目することで、これまで気づかれなかった植物との関係性が浮き彫りになると期待されます。
〈関連発表〉
Ko Mochizuki, and Atsushi Kawakita. (2018) Pollination by fungus gnats and associated floral characteristics in five families of the Japanese flora. Annals of Botany 121: 651–663 DOI: 10.1093/aob/mcx196
論文情報
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雑誌名 Annals of Botany 論文タイトル Adaptation to pollination by fungus gnats underlies the evolution of pollination syndrome in the genus Euonymus著者 Ko Mochizuki, Tomoko Okamoto, Kai-Hsiu Chen, Chun-Neng Wang, Matthew Evans, Andrea T. Kramer, and Atsushi KawakitaDOI番号
研究助成
本研究は、科研費「ニューカレドニアにおけるコミカンソウ科植物と送粉者の相乗多様化(課題番号:15J01117)」、科研費「送粉者が介在した植物の種多様性形成過程(課題番号:15H04421)」、科研費「被子植物における新規の送粉シンドロームに関する進化、生態学研究(課題番号:18H06075)」、科研費「花香で読み解くハエと花の多様な関係性:生活史を巧みに利用した送粉者誘引戦略(課題番号:20K15859)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 双翅目(そうしもく)
昆虫類の分類群の一つで、カ、ガガンボ、ハエ、アブ、ブユなどを含む、2枚の翅をもつグループ。15万種以上が知られ、ありとあらゆる環境でみられることから、地球上でもっとも繁栄した昆虫の一つである。ハエ目とも呼ばれる。↑
注2 ハナバチ(花蜂)
膜翅(まくし)目(またはハチ目)ミツバチ上科の昆虫のうち、幼虫の餌として花粉や蜜を収集し蓄えるものの総称。代表的なのは、ミツバチ、コハナバチ、クマバチやマルハナバチなど。英語のBeeの意味する範囲に相当する。↑
注3 送粉者
花の間での花粉の移動を送粉(ポリネーション pollination)と呼び、それを媒介する動物を示す。ポリネーター(pollinator)とも呼ばれる。 ↑
注4 ニシキギ属
ニシキギ科に属する、落葉性または常緑性の樹木。世界に143種が知られ、およそ100種が東アジアに分布する。日本には18種が分布。日本海側の豪雪地帯に産し、膝丈ほどに矮小化したムラサキマユミや、屋久杉に着生するアオツリバナ、海岸林に生えるマサキなど、大きさや生育場所は多様。ニシキギやマサキ、ツリバナ、マユミは庭木としても親しまれる。↑
注5 キノコバエ
双翅目のキノコバエ上科に属するキノコバエ科やクロバネキノコバエ科などの昆虫の総称。カに似た体型で、長い触角と細長い脚をもつ。幼虫はおもに菌食でキノコや腐朽材などで見つかるが、コケを食べるものもいる。大きさは4-8mm程度のものが多い。テンナンショウの送粉者として有名。↑
注6 アセトイン(3-ヒドロキシ-2-ブタノン)
4つの炭素にアルコール基とケトン基がついた化合物で、バターやヨーグルトに似た独特のにおいを有する。酵母や乳酸菌による発酵過程で生成されることで有名な化合物。腐った果実に擬態した匂いを放つ植物でみられることがあるが、アセトインが主要な成分である被子植物は知られていない。↑
注7 収斂進化(しゅうれんしんか)
類縁関係の希薄な生物であっても、鳥の羽根、コウモリの翼、昆虫の翅など、空を飛ぶという共通の目的の達成に伴い、似たような形質が独立に進化する現象。↑
注8 送粉シンドローム
特定の媒介者に送粉される植物にみられる共通の花形質。花の色、大きさ、形、蜜の量や成分、匂い成分、開花のタイミングなど、それぞれの送粉者に特化した花形質をもつことがある。例えば、ハチドリやタイヨウチョウなどの鳥に送粉される植物は多量の蜜をもち、筒状で赤い花を持つ傾向にあり、ガに受粉されるものは、白くかぐわしい花を夜に開花させ、細長い花の距に蜜を溜める傾向にある。↑
注9 スズメガ
鱗翅(りんし)目(またはチョウ目)スズメガ科の昆虫の総称。大形のガで体は太く流線形。夜行性のものが多い。翅(はね)は細長く活発に飛ぶ。長い口吻(こうふん)をもつものが多く、花蜜を吸い、クチナシやハマユウなどの送粉者。幼虫は尾端に1本の突起をもつ芋虫。日本に約70種が知られる。↑
注10 キノコバエ媒花
特定の送粉者に花粉媒介をゆだねる場合には、〇〇媒花と呼ぶ。この場合、キノコバエに送粉される花のことを指す。↑
注11 クロヅル属
ニシキギ属に比較的近縁なニシキギ科のつる植物。東アジアと東南アジアに3種のみが知られ、日本にはクロヅル1種が分布する。↑
注12 反射スペクトル
分光光度計で光を波長に分光したときに、波長における光の分布強度を示したデータ。この場合、300-700nmにわたり、花弁がどの波長をどの程度の強度で反射するかを調べた。↑
注13 膜翅目
ハチやアリを含む昆虫類の一目。ハチ目と呼ばれることもある。↑
注14 色覚モデル
ヒトと異なる色覚をもっているほかの動物にとって、ある色がどのように認識されているかを調べるために用いるモデル。動物の色覚細胞がもつ任意の波長ごとの感度のデータと、対象となる花の色の反射率のデータを用いて計算する。↑
注15 系統的独立対比
形質の値に対する種間の系統関係の影響を取り除き、二つの形質間の相関関係を調べる方法。↑