~ 大学院生からのメッセージ~
美しいナノカーボン分子の設計から合成まで
秋吉 美里 |
化学専攻 博士課程2年生 |
出身地 京都府 |
出身高校 頌栄女子学院高等学校 |
出身学部 上智大学 理工学部 |
ナノカーボンの歴史は実に興味深い。それはフラーレンC60の発見から始まる。当時,炭素の同素体は黒鉛・ダイヤモンドの二つのみだと考えられていた。ところが,1985年にハロルド・クロトー,リチャード・スモーリーらが宇宙空間に存在する炭素物質を研究していた中,偶然フラーレンC60を発見したことで,1996年にノーベル化学賞を受賞し,世界の常識を覆すインパクトを与えることとなった。これを筆頭に,カーボンナノチューブ・グラフェンなど「ナノカーボン」という新たな分野が広がった。高い電子輸送性能を示すことから半導体材料などの応用に向けて現在も盛んに研究が進められている。しかし,未だトップダウン的手法により「混合物」として生成されることで,性能向上が困難であり,応用に至るには長い道のりが必要である。つまり,一義的な構造を有する「単一」の分子としてのボトムアップ合成の達成,かつその高収率化が一つの大きな課題としてある。
私は高機能性材料の創成に兼ねてより興味があった。実は学部時代は別の大学で,太陽電池応用に向けた結晶工学の研究をしていた。しかし,現状の混合物として成長させる結晶の作製法では,物理的欠陥による性能低下は免れない。つまり,ボトムアップ的手法で単一の分子を合成し,均一な結晶を作製することが課題解決につながる。
現在の研究室では,sp2炭素の代わりに,1,3,5-三置換ベンゼン「フェナイン」を用いて「ナノカーボン分子」の設計・合成の研究を展開しており,数多く報告している。そこで私は,前人未到なナノカーボン分子を自分の手で合成したいと思い今の研究室を選んだ。
私の研究は,新奇ナノカーボン分子を合成するにあたり,収率向上を目指すものである。ナノカーボン分子の重要な中間体として用いられる,[n]シクロメタフェニレン(CMP)を選択的に高収率で得られる反応条件を効率的に最適化する手法を開発した。従来法では[8]CMP以降は収率1%未満と著しく収率が低下する。そこで,あらかじめ4つのフェナインを繋げた原料を用いる工夫により,反応箇所を減らした二量化反応の条件を最適化することにした。実験計画法(DoE)を用いて最低限の実験数で効果的にデータを集め,機械学習(ML)の予測により3Dヒートマップを作図する,データサイエンスを用いた前衛的な手法である。これにより,従来法で収率1%のみだったのが60%にまで向上し,新奇巨大ナノカーボン分子の高収率合成を達成するに至った。
本研究:DoE+ML戦略による反応条件最適化と巨大鞍状ナノカーボン分子の合成
じつは私自身,統計学やプログラミングはまったくの初学の状態で,データサイエンスを扱うこととなった。幸い,知識が豊富な先輩と共に研究を遂行することができたが,多くの実験をこなしながら,DoEやMLを学ぶ時間を確保するのに骨が折れた。さらに3Dヒートマップの着想を得るまでに先輩・教授と何度も綿密な議論を重ねている。
このように,新奇巨大ナノカーボン分子を合成するのみならず,それに至るまで努力を重ねて新たな手法の確立を達成した。現在は,さらに挑戦的なナノカーボン分子の合成に取り組んでおり,前人未到の域に到達するため尽力する毎日を送っている。