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理学部ニュース

スロー地震のルールとは?

井出 哲(地球惑星科学専攻 教授)

 

地下で静かに発生している,さまざまなスロー地震。
その現象の時間と大きさを規定するスケール法則が16年ぶりに最新データを使って検証された。
そしてスロー地震とは,この法則にしたがって進行する普遍性のある現象だとする仮説が,より定説に近づいた。
スロー地震こそが地球内部でいつでもどこにでもおこる現象で,
普通の地震はむしろ異常な地球内部の変形現象だと認識しなおす必要があるかもしれない。

地球内部の岩盤に強い力がかかると,岩盤中の断層が破壊,急激にすべることで,地震が発生する。大地震の強烈な地震波は震災をひきおこす。ところが,地震と同じような岩盤の破壊すべり現象なのに,すべりがゆっくり進行するために,ほぼ地震波を放射しない現象がある。これが今世紀に発見されたスロー地震である。

スロー地震と普通の地震は,何が違うのか?この問題を,物理学的に現象の大きさの違いを表すスケール法則の違いとして解き明かしたのが,今回の研究成果である。

まず,普通の地震には,よく知られたスケール法則がある。小さな地震はあっという間に終わるが,大きな地震は長く続く。岩盤の破壊の継続時間をTとすると,地震のマグニチュードが2大きくなるごとに,Tは10倍になる。この関係は,現在地震の大きさの単位として用いられる,地震モーメントM0を使って,M0Tの3乗に比例すると,言い換えることができる。

スロー地震にも大小があり,その地震モーメントM0も継続時間Tとともに増加する。ただしM0Tの1乗,つまり比例するようにみえる。そこで,大小のスロー地震が,普通の地震とは異なるスケール法則に支配されたユニバーサルな現象だという仮説が,2007年に提案された。この仮説は,その重要性から,過去16年間,地震研究者の間で,多くの議論を生み出してきた。

当初,ばらついた貧弱なデータしかなかった仮説は,いくつかの批判にさらされた。しかし,16年間,多数の研究によって,Tとして1秒弱から1年近く,実に約8桁にわたって,連続性の良いデータが蓄積された。このデータは,M0Tに比例するという仮説を裏付ける。一方で,本研究では,仮説に対する批判のほとんどが,不適切なデータ処理に起因することを示した。ただし,観測限界によって,小さなスロー地震が検出できていないことも明らかになり,M0Tの比例関係は,一対一の関係というより,時間Tだけ継続するスロー地震の大きさM0の限界を規定する法則だと再解釈された。

スロー地震のスケール法則(M0Tの関係)とファスト地震のスケール法則

 

現在,大小さまざまなスロー地震が世界各地で観察され,その存在はありふれたものとなってきた。地球内部の破壊すべり現象としては,地震より,スロー地震のほうが普遍的現象だと示唆される。その普遍的現象の限界を示すスケール法則は,逆にその限界に従わない,「普通の地震」こそ,異常な現象だと,私たちに教えているようだ。普遍的現象(スロー地震)が,どのように異常現象(地震)に切り替わるのか?両者の関係を探る研究は,まだまだ始まったばかりだ。

本研究成果はS. Ide et al. , Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. (PNAS), 120, (32)e2222102120, 2023 に掲載された。

 

注:地震モーメント
地震時に断層の運動によって引き起こされる回転運動の大きさ(単位Nm)。地震断層のすべり量を断層面上で積分し,岩盤の剛性率を乗じた量と等しい。地震モーメントはマグニチュードに1対1で変換でき,マグニチュードが2大きくなるごとに,地震モーメントは1000倍になる

 

 

(2023年8月1日プレスリリース)

理学部ニュース2023年11月号掲載

 

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