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理学部ニュース

高分子の相転移エネルギーを 直接電気に変換

周 泓遥(化学専攻 特任助教)
山田 鉄兵(化学専攻 教授)

 

熱力学で習うギブス(Gibbs)エネルギーは,有用な仕事に変換できる「自由なエネルギー」と関連する。
石油と酸素からCO2と水を作る際のGibbsエネルギー変化(燃焼熱)を用いて
タービンを回せば電力が得られる。
燃料電池は,この反応エネルギーを直接電力に変換できる。
では,どんな種類の自由エネルギーを直接電力に変換できるだろうか。
氷の融解エネルギーはどうか。
われわれは,ある種の相転移エネルギーを直接電力に変換できることを世界で初めて実証した。

電力は便利なエネルギーであり,なるべくCO2を出さずに電力を作る必要がある。太陽光発電や地熱発電,潮汐発電,廃熱などの再生可能エネルギーを利用した発電は21世紀の重要課題である。熱を電気に変換する技術としては,半導体を用いた方法に加えて,近年では酸化還元反応を利用した熱化学電池に関する研究も注目を集めつつある。

熱化学電池は酸化還元反応を用いた熱電変換システムである。溶液中に酸化還元反応を示す物質を溶解しておくと,酸化体と還元体がお互いに電子をやり取りする平衡が生じる。この平衡は他の平衡と同様にさまざまな条件の変化により移動し,温度によっても平衡移動が起こる。そのため,一つの溶液に温度差をつけ,それぞれに電極を挿入すると,低温側と高温側で平衡が移動し,電極に一方向の電流が生じる。これが熱化学電池の原理である。われわれはこの熱化学電池のシステムが,エネルギー変換の基盤として利用できると考えた。それを実証するために高分子の相転移を利用した。

図(a)に示した高分子は,30 ℃以下ではらせん状のひも構造(コイル構造)になり,それ以上の温度では丸まった構造(グロビュール構造)になるという相転移を示す。コイル構造では親水的になり,分子が水中でばらばらになるのに対し,グロビュール構造では疎水的になり,高分子同士が集まる凝集状態になる。これは一種の相転移とみなすことができ,氷が水になるのと同様に,吸熱する。

私たちはこの高分子に,酸化還元できる部位を導入した。すると,この分子は酸化すると電荷が大きく,より親水性になるためにコイルになり,また還元すると逆にグロビュールになる。つまり電気的にコイル−グロビュール相転移ができる化合物を作成した。このコイル−グロビュール転移にともなって酸化側で発熱,還元側で冷却するはずである。実際に電気を流すと冷却効果が観測された(c)。これは新しい仕組みによる電子冷却素子であるといえる。

(a)PNVの模式図。主鎖のポリマーがコイル・グロビュール転移を示し,側鎖のビオロゲン部位が酸化還元能を示す。(b)コイル・グロビュール転移の模式図。(c)外部電流によりPNVが還元されると高分子が丸まり,熱を吸収する。コイル・グロビュール転移がおきない25 ℃では熱の吸収が見られない。またビオロゲン部位のみでコイル・グロビュール転移を示さないDPVは,48 ℃で酸化還元を行っても熱の吸収はほとんど見られない(d)外部の温度差により,高温側で丸まり還元,低温側で伸びて酸化がおき,発電できる

 

さらに,この化合物に温度差を与えると,低温ではコイル状態が安定な酸化状態が,高温側ではグロビュール状態が安定な還元状態になる。これにより熱電変換の電圧(正確には単位温度差あたりの電圧変化,ゼーベック係数)が得られる(d)。この発電で得られる単位温度差あたりの電圧(V/K)は,酸化還元反応によって相転移する際の電荷あたりの相転移潜熱のエントロピー変化(J/K/C)とほぼ一致することも明らかになった。このことは,相転移により生じるギブスエネルギー変化を直接電気エネルギーに変換することに成功したことを意味する。つまり,われわれは,相転移のギブスエネルギーを電気エネルギーに変化する新しい方法を開拓することに成功したといえる。この現象は,高分子のコイル−グロビュール転移に限らず,酸化還元反応によって変化するあらゆる自由エネルギーに適用できると期待される。

本研究は,T. Yamada et al., Advanced Materials, 35, 2303341 (2023)に掲載された。

 

 

(2023年7月18日プレスリリース)

理学部ニュース2023年11月号掲載

 

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