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理学部ニュース

~ 大学院生からのメッセージ~
生きた化石ソテツに見る受精機構進化の足跡

 


外山 侑穂 Yukiho Toyama
生物科学専攻
博士課程1年生
出身地
鹿児島県
出身高校
鹿児島県立鶴丸高校
出身学部
東京大学理学部

 

生物の受精のしくみといって思い浮かべるのは,精子が泳いで卵へとたどり着くイメージではないだろうか。動物ではこのしくみが保存されている場合が多いが,陸上植物では進化の過程でこのしくみが大きく変遷してきた。とくに大きな変化として精子の運動能力の喪失があげられる。植物の陸上進出の初期に出現したコケやシダは,運動能力のある精子をもつ。一方で,種子植物のほとんどは鞭毛を失った運動能力のない精細胞をもち,これが花粉から伸びる花粉管よって卵まで運ばれるようになった。このような受精機構の大きな変化はどのようにして生じたのか,その変遷過程を知りたいと思ったことが現在の研究の始まりである。

この問いを解く鍵を握る生物として私が着目したのはソテツとイチョウである。これらは種子植物の中でもっとも起源が古いとされる植物群であり生きた化石ともよばれ,コケやシダのように運動能力のある精子を保持している点で特徴的である。

種子植物でありながら泳ぐ精子を用いる特殊な受精のしくみには植物の受精機構進化の転換点における重要な痕跡が残されているのではないかと考えた。

ソテツとイチョウが精子をもつことは約130 年前に日本人研究者によって発見され注目を浴びたものの,現在に至るまで受精過程の詳細や,受精に重要な因子に関する知見は非常に限られていた。しかし顕微鏡やゲノム情報解析に関する今日のさまざまな技術革新はこの状況を打開する追い風となり,あらためてこの受精機構を解析するのにふさわしい時期が来たといえる。

私が研究の対象とするソテツは実験室で育てることができず,受精の時期は年に2 〜3 日と限られているという大きな課題を抱えていた。そこで野外調査を行ったところ,日本では南西諸島から関東近辺まで広範にソテツが生息しており,緯度によって受精時期が少しずつずれていることがわかった。そのため時期をずらしながら徐々に北上することによって約3 ヶ月のあいだ継続的に受精の時期の雌花から胚珠のサンプリングを行えるようになった(左図)。さらに顕微操作によって受精に関わる組織を単離することが可能となり(右図),ソテツの精子がコケやシダと同様に雌の組織に誘引されて泳いでいるような現象を捉えることができた。またこれらの組織から抽出した成分の解析により受精に寄与する可能性のある遺伝子群を捉えることにも成功した。これらの結果をふまえ,ソテツの受精の詳細にさらに迫ることを目指している。

(上)ソテツの受精期の雌花からサンプリングをする様子。左下に示す胚珠を採取し,この内部で起こる受精を観察する
(下)単離したソテツ精子。直径200 μm にも及ぶ偏球形をしており,表面には数千本もの鞭毛が形成される

 

私自身は昔から植物にとても興味があった,ということはまったくない。現在扱っているソテツも風景に溶け込んでいた植物の一つに過ぎなかった。しかしながら受精のしくみの進化を知りたいという理学的な問いに出会った時,ソテツという植物が強い存在感を放って見えてきた。真理を探求するという理学の活動を通して世界が色鮮やかに感じられるこの感覚は私の心を掴んで離さないのである。

 

 

理学部ニュース2023年9月号掲載

 

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