2022/08/10

細胞内でリン光を発する金銀ナノクラスター!

 

Zhen Lei (化学専攻 特任助教)

遠藤 瑞己(化学専攻 助教)

宇部 仁士(化学専攻 助教)

江原 正博(分子研 教授)

小澤 岳昌(化学専攻 教授)

塩谷 光彦(化学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 含窒素複素環状カルベン(NHC)配位子を用いた炭素中心金銀(CAuI6AgI2)クラスターが、室温で生細胞内で強いリン光を発し、構造特異的に輸送されることを見出した。
  • 炭素中心金(CAuI6)クラスターの配位子の精密設計と銀イオン添加により、リン光発光の効率向上と波長可変が可能になり、細胞への取込み経路や細胞小器官局在を制御できた。
  • 本研究は、コア・シェル配位子と金属イオンから成る多核金属イオンクラスターが、強リン光性分子群として、光バイオ分析の発展に大きく貢献しうることを示した。

 

発表概要

発光性金属ナノクラスターは、配位子構造や金属の種類・核数や配列により、クラスター構造に特異な物性が発現することが期待されます。今回、東京大学大学院理学系研究科の塩谷光彦教授および小澤岳昌教授、自然科学研究機構計算科学研究センター・分子科学研究所の江原正博教授、東京工業大学生命理工学院の蒲池利章教授らは、含窒素複素環状カルベン(NHC)(注1) 配位子を用いた炭素中心金銀(CAuI6AgI2)クラスターを設計・合成し、この分子が溶液中で強いリン光(注2) を発光することを見出し、NHC配位子がリン光発光に寄与することを理論計算により明らかにしました。この発光寿命の長いリン光性金銀クラスターを細胞イメージングに用いたところ、細胞への取込みの経路や特定の小器官に選択的に局在することが明らかになり、従来のホスフィン配位子の非選択的な取込みとは異なる優れた機能が確認されました。本研究は、高設計性の配位子と金属イオンから成る多核金属イオンクラスターが、強リン光性の新物質群として、光バイオ分析の発展に大きく貢献しうることを示しました(図1)。

本研究成果は「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。


図1:本研究成果の概要

 

発表内容

サブナノからナノサイズの金属クラスターは、ナノテクノロジー分野の重要な研究対象であり、ナノサイズの金原子集合体である金ナノクラスター分子は、多様な分子構造や電子構造をとることが可能なため、発光性や触媒機能を活用した機能性クラスターの開発が精力的に進められてきました。金ナノクラスターの立体構造、電子状態、および反応性は、クラスター部分を保護する配位子や、金ナノクラスターに添加する金属により多様な影響を受けるため、配位子の精密設計は非常に重要です。本研究では、発表者が独自に開発した、含窒素複素環状カルベン(NHC)配位子で保護した炭素原子を中心元素とする六核の金(I)クラスターを基に再設計・合成を行い、この金クラスターのフォトルミネッセンス(注3)の高効率化と光バイオ分析への応用を目指しました。

クラスターの構造安定化と電子構造の制御を目的とし、2つの金属に結合できる配位子を用いた炭素中心金銀(CAuI6AgI2)クラスターを設計しました。具体的には、NHC配位子の窒素上に2-ピリジル基を導入した配位子を設計し、配位子前駆体から3工程で合成した金クラスターに対して2当量の銀を加えることで炭素中心金銀(CAuI6AgI2)クラスターが得られました。本クラスター分子の構造は単結晶X線構造解析により決定され、溶液中でも同じ構造が安定に維持されることが確認されました。最も注目されたベンズイミダゾリデン型配位子を用いた金銀クラスターは、固体状態のみならず、溶液中においても560 nm付近に発光極大を有する黄色のフォトルミネッセンスを示しました。その発光量子収率は最大で88% に達しました。また、発光寿命は有機溶媒中で1 マイクロ秒以上の長寿命であり、発光メカニズムがリン光であることが示唆されました。NHC配位子の代わりにホスフィン配位子を用いた金銀クラスターと比較すると、発光寿命は同程度であるものの、発光量子収率はNHC配位子を用いた金銀クラスターの方が著しく高いことが示されました。この高い発光量子収率は、用いたNHC配位子がリン光の輻射過程を促進したためであることが理論計算より示され、NHC配位子の有用性が示されました。

このように、NHC配位子を用いた金銀クラスターが固体状態だけでなく、溶液中においても高い発光量子収率(注4)でリン光発光を示したことにより、これを利用した光バイオ分析への応用が期待されました。そこで、本金銀クラスターの細胞イメージングへの応用を検討しました。細胞導入条件を検討したところ、DMSO/PBS溶液で10分間インキュベートすることでHeLa細胞、HEK293細胞、COS7細胞などさまざまな培養細胞に導入することに成功しました。細胞内に取り込まれた金銀クラスターは発光性を保持しており、共焦点顕微鏡下で405 nmレーザー光で励起し500–550 nmの発光を検出することで細胞内局在を可視化することができました。市販の染色試薬で細胞小器官を標識したところ、細胞内に取り込まれた金銀ナノクラスターは小胞体に選択的に集積することが明らかとなりました。また、細胞内取込み経路を詳細に解析するため阻害剤とともに金銀ナノクラスターの細胞導入を試みたところ、細胞内取込みはGenistein処理で阻害されることが判明しました。このことは、NHC配位子を用いた金銀ナノクラスターはエンドサイトーシス経路で取込まれていることを示しています。これは、過去に報告されていたホスフィン配位子を用いたナノクラスターが経路非選択的に細胞内に取込まれサイトゾル中に分布していたことと大きく異なります。本実験結果より、本研究で新たに設計したNHC配位子を用いた金銀クラスターにより、細胞内の取込み経路や集積させる細胞小器官を自在に制御できる可能性があることが示されました。

蛍光標識を用いた細胞イメージングにおいては、細胞内に元から存在する蛍光を示す物質によるシグナルがバックグラウンド蛍光として検出されてしまう恐れがあります。一方、今回開発した金銀ナノクラスターは、蛍光と比較して発光寿命の長いリン光を測定するため、バックグラウンドの蛍光を抑えたイメージングが可能になると考えられます。さらに、金銀ナノクラスターを導入した細胞をリン光寿命顕微鏡で観察したところ、細胞内に取り込まれた金銀ナノクラスターは発光寿命が100–200 nsと比較的長く、自家蛍光シグナルを抑えたイメージングが可能であることが確認されました。

以上のように、本研究ではNHC配位子を用いた金銀ナノクラスターの合成に成功し、そのリン光発光を利用した細胞イメージングが可能となり、細胞内の取込み経路や集積させる細胞小器官を自在に制御できる可能性を示すことができました。本研究成果は、多元素金属ナノクラスターの化学を拓き、光バイオ分析のための新たな物質群と基礎技術を提供することが期待されます。

 

本研究チーム構成員

Zhen Lei 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻 特任助教
遠藤 瑞己 東京大学大学院理学系研究科  化化学専攻 助教
宇部 仁士 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻 助教
白男川 貴史 総合研究大学院大学 博士課程(研究当時)
Pei Zhao 分子科学研究所 理論・計算分子科学研究領域 特任助教
長田 浩一 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻(研究当時)
Xiao-Li Pei 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻 特任助教
江口 智哉 東京工業大学生命理工学院 修士課程 (研究当時)
蒲池 利章 東京工業大学生命理工学院 教授
江原 正博 自然科学研究機構計算科学研究センター・分子科学研究所(兼務)教授
小澤 岳昌 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻 教授
塩谷 光彦 東京大学大学院理学系研究科  化学専攻 教授

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル N-Heterocyclic carbene-based C-centered Au(I)-Ag(I) clusters with intense phosphorescence and organelle-selective translocation in cells
著者 Zhen Lei, Mizuki Endo, Hitoshi Ube, Takafumi Shiraogawa, Pei Zhao, Koichi Nagata, Xiao-Li Pei, Tomoya Eguchi, Toshiaki Kamachi, Masahiro Ehara*, Takeaki Ozawa*, Mitsuhiko Shionoya1*
DOI番号

10.1038/s41467-022-31891-3

 

用語解説

注1  含窒素複素環状カルベン(NHC)

窒素原子と環構造の導入により安定化された炭素の2配位6電子化学種。

注2  リン光

物質の励起状態から禁制遷移における輻射過程(確率的に起こりにくい電子のエネルギー移動過程で起こる発光現象)により基底状態に戻る際に生じる光のこと。同様の発光現象である蛍光発光に比べて発光寿命が長い。

注3  フォトルミネッセンス

物質が吸収した光エネルギーを別の波長の光エネルギーとして放出する現象。

注4  発光量子収率

フォトルミネッセンスの過程において初めに物質が吸収した光子の数と発光現象で放出した光子の数の比。通常発光現象では100%が理論的な最大値となる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―