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Press Releases

DATE2026.10.20 #Press Releases

イカの腕に見る発生機構の普遍性と多様性

―頭足類における吸盤形成機構の解明―

発表のポイント

  • 頭足類の腕と吸盤の形成メカニズムを明らかにしました。
  • 節足動物など他の動物門において付属肢のパターン形成に関わる遺伝子群が、頭足類においても腕の先端から基部にかけて発現し、そのパターン形成に寄与することを示しました。一方吸盤ではこのパターン形成機構が導入されておらず、初期発生で使われる遺伝子が腕の先端で再利用されることを明らかにしました。
  • 軟体動物において足の形成にかかわる遺伝子の保存性を示すとともに、頭足類独自の発現パターンや遺伝子の再利用を示すものであり、新規形質の獲得や付属肢の進化原理の理解が深まることが期待されます。


頭足類における腕と吸盤の獲得

概要

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授、小口晃平准教授、黒川大輔助教、金原僚亮大学院生 (研究当時)、幸塚久典技術専門職員による研究グループは、コウイカにおける腕と吸盤形成の分子メカニズムに見られる保存性と新規性を明らかにしました。

イカやタコなどの頭足類は軟体動物の中でも巻貝など他の系統とは異なる独自の形態を多様に進化させた分類群です。本研究では頭足類の持つ多数の腕と吸盤に着目し、腕の付け根から先端にかけて遺伝子の発現量を比較することで、その形成にかかわる遺伝子を明らかにしました。そして、この形成機構が節足動物や脊椎動物の腕や足 (付属肢) と共通していること、一方で腕に並ぶ吸盤では全く異なるメカニズムが働く可能性を示しました。この結果は動物において広く共通した付属肢形成機構と、吸盤独特の形成機構の存在を示唆するものであり、動物における新規形質の獲得や付属肢の進化原理への理解が深まることが期待されます。

発表内容

動物において腕や足などの付属肢 (注1) は移動や繁殖,捕食など様々な行動において欠かせない器官です。付属肢の研究は、明確な分節があり、形態の変化を比較しやすい脊椎動物や節足動物を主な対象として進められてきました。一方、軟体動物など分節が明瞭でない動物では足の研究はほぼ進んでいませんでした。軟体動物門に属すイカやタコなどの頭足類 (注2) は、付属肢として腕を獲得し、腕の基部から先端にかけて並ぶ吸盤を活用し、複雑な行動を行います (図1)。この腕は巻貝など他の軟体動物に見られるような単一の扁平な足から進化したと考えられていますが、頭足類は飼育が難しいため発生学的知見すら不足しており、その進化過程は全くわかっていませんでした。

図1:コウイカ胚と腕、吸盤の模式図

本研究では、コウイカ Acanthosepion esculentumを主な実験対象として、腕と吸盤を対象とした遺伝子発現解析を行いました。さらに、祖先的な軟体動物に近い形態の足を持つ巻貝などの腹足類 (注3) との比較を行いました。その結果、昆虫など他の動物において付属肢のパターン形成に関わる遺伝子群が、頭足類においても腕の先端から基部にかけて発現し、そのパターン形成に寄与していることが示唆されました。一方で、このような発現パターンは腹足類の足では認められなかったことから、先端―基部軸に沿った遺伝子発現パターンは頭足類の腕において特異的に導入されたものと推察されました (図2上)。また、これらの遺伝子群は吸盤ではほぼ発現しない一方で、軟体動物の初期発生、特に原腸形成(注4) に関与する遺伝子が吸盤特異的に発現することを発見しました (図2下)。これは、初期発生で使われる遺伝子が腕の先端で再利用されることにより吸盤が獲得された可能性を示すものであり、腕と吸盤の進化に関する新たな知見をもたらしました。

本研究は、頭足類の腕と吸盤の発生機構を解明し、系統の離れた動物門と共通するパターン形成機構の導入や、末端の部位特異的な初期発生遺伝子の使い回しにより、腕と吸盤が獲得された可能性を示唆しました (図3)。この成果は、頭足類の腕・吸盤の発生進化を理解するだけでなく、動物における新規形質の獲得や付属肢進化の分子基盤を考える上で新たな視点を提供することが期待されます。

図2:イカ、タコ、腹足類における遺伝子発現
図の青紫色に染まっている部分が各遺伝子の発現部位を示す。[上部]イカ類 (コウイカ)とタコ類 (イイダコ)では、付属肢のパターン形成遺伝子が先端側に局在 (Dllなど)、または基部側に局在 (Exdなど) するものの、腹足類 (ヨーロッパモノアラガイ)ではこれらの遺伝子は腹足において全体的に発現。[下部]イカ類とタコ類では軟体動物の初期発生で用いられる遺伝子 (Ets1) が吸盤特異的に発現する一方、腹足類では足において点在。

図3:頭足類における発生プログラムの変化と腕・吸盤の獲得

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科附属臨海実験所
  金原 僚亮 研究当時:博士課程
   現:沖縄科学技術大学院大学 リサーチフェロー
  幸塚 久典 技術専門職員
  黒川 大輔 助教
  小口 晃平 准教授
  三浦 徹 教授

論文情報

雑誌名 iScience
論文タイトル
Developmental Mechanism and Evolutionary Process of Cephalopod Suckers
著者 Ryosuke Kimbara*, Hisanori Kohtsuka1, Kohei Oguchi1, Daisuke Kurokawa1, Toru Miura1 (*責任著者)
DOI 10.1016/j.isci.2026.117761

研究助成

本研究は、日本学術振興会 科研費(課題番号:課題番号:21J20450、金原僚亮、18H04006、21K18240、三浦徹)の支援により実施されました。

用語解説

注1    付属肢
哺乳類の四肢や昆虫の触角や脚、翅など、体幹部から突出した体部位のこと。 ↑

注2    頭足類
軟体動物門頭足綱に属するイカやタコ、オウムガイを含むグループ。海棲の分類群であり、オウムガイを除いて貝殻を退縮、または体内化させている。複数の腕と吸盤に加え、体の色を即座に変化させる色素胞や墨袋など、他の軟体動物には見られない様々な独特の形質を持つ。 ↑

注3    腹足類
軟体動物門腹足綱に属する巻貝の仲間。本研究では淡水産の巻き貝であるヨーロッパモノアラガイLymnaea stagnalisを用いた。ベリジャー幼生という幼生期に貝殻が作られ、この時期には発達途中の足が明瞭に見られる。↑

注4    原腸形成
受精卵が卵割を経て多くの細胞からなる胚になった段階から、将来的に表皮や神経、筋肉や骨、消化器官などになる細胞群の大まかな配置が決定される現象。 ↑

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