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Press Releases

DATE2026.10.16 #Press Releases

細胞の形に残る「分裂の記憶」を読み解く

―植物組織の細胞壁染色から、直近の細胞分裂を高精度に推測する手法―

発表のポイント

  • 細胞の形と分裂の関係を定量化した結果にもとづき、直近に起きた植物細胞分裂の位置を一度に1,000件以上92%以上の精度で検出しました。
  • 分裂によって新しくできた細胞壁の両端に特徴的な角度が残る「記憶」が、高精度判定を可能としました。
  • シロイヌナズナだけでなく、さまざまな植物への応用可能性を示し、誰でも利用できる解析ソフトウェアを公開しました。


細胞の形から直近の細胞分裂を推測する

概要

植物は細胞の位置が移動しないので、どの細胞がどの方向に分裂したかは、器官の形を作り上げるうえで非常に大事です。しかしその分裂方向の分析には、多大な時間と実験条件の検討が必要でした。東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授、京都大学の望月敦史教授・井上康博教授、立教大学の堀口吾朗教授らの共同研究グループは、植物細胞の形に残る「分裂の記憶」を使って、たった1枚の顕微鏡写真から直近の細胞分裂を多数・高精度に推測する手法を開発しました。

シロイヌナズナ葉原基の細胞分裂の様子を記録したライブイメージングを正解データとして、7,573組の隣接する細胞について49種類の形状特徴を解析した結果、娘細胞ペア(注1)が共有する細胞壁の両端に現れる「接合角度」(注2)が、分裂推測に最も有効であることがわかりました。とくに、平均接合角度145°以上を基準とすると、適合率94.1%、再現率92.5%を示します(注3) 。この手法を茎頂分裂組織に応用したところ、こちらでも、適合率98.4%、再現率97.2%の高い性能が発揮されました。

本研究は、細胞形状から直近の細胞分裂を推測する手法の精度を、ライブイメージング由来の正解データを用いて世界で初めて定量的に検証したものです。さらに、変異体や非モデル植物への応用可能性を示し、誰でも利用できる解析ソフトウェアを公開しました。

発表内容

植物の葉や茎頂は、細胞分裂の位置や方向によって形づくられます。これまでその分裂の挙動を確実に捉えるにはライブイメージングなどの高度な実験技術が必要でした。一方、固定試料の細胞形状から過去の分裂を推測することは古くから行われてきましたが、その精度と根拠は十分に定量化されていませんでした。

19世紀にザックスは、新しく形成される分裂壁が既存の細胞壁にほぼ直角に入ることを提唱しました。さらに、Kornは1980年に、分裂直後の娘細胞では共有壁の両端に180°に近い大きな外側接合角度が生じることを提唱しました(図1)。本研究では、この形状が分裂後もしばらく「分裂の記憶」として残ることに着目しました。

図1:娘細胞ペアにおける接合角度の定義
隣接する2細胞の共有細胞壁の両端にそれぞれ形成される外側の角度を接合角度(θj,1, θj,2)と定義し、その平均値を細胞分裂推測の指標として用いました。Korn(1980)は、分裂直後の娘細胞ではこの角度が180°に近くなると提唱しましたが、その有効性は十分に定量検証されていませんでした。本研究では、両端の接合角度の平均値を分裂推測の指標として用い、ライブイメージング由来の正解データにより、その精度を検証しました。

シロイヌナズナ葉原基のライブイメージングから7,573組の隣接する細胞を解析し、49種類の形状特徴を比較したところ、平均接合角度が最も優れた指標であることを、見出しました。145°を基準とすると、1,114組の娘細胞ペアを適合率94.1%、再現率92.5%で推測でき、葉原基単位でデータを分けた検証でも高い性能が維持されました。

ライブイメージングデータで接合角度の時間変化を調べると、接合角度は分裂直後に大きく、その後の成長に伴って低下し、さらに次の分裂によって大きく変化しました(図2)。このことから、分裂によって生じた局所的な細胞形状が一時的な「分裂の記憶」として残ることが、高精度な推測を可能にしたと考えられます。また、複数の特徴を組み合わせた機械学習による性能向上は小さく、単純な接合角度だけで十分高い性能が得られました。

図2:細胞分裂後に残る「分裂の記憶」の時間変化
左:ライブイメージングで追跡した細胞分裂の例。1回目の分裂後、娘細胞間の接合角度は大きな値を示し、時間とともに徐々に小さくなります。2回目の分裂が起こると、新たな娘細胞ペアでは再び大きな接合角度が生じます。
右:複数の細胞について接合角度の時間変化をまとめた結果。分裂によって生じた大きな接合角度が一定時間残ることが、「分裂の記憶」として直近の細胞分裂を推測できる理由です。

葉原基で得た145°の基準をシロイヌナズナ茎頂分裂組織に応用したところ、適合率98.4%、再現率97.2%を示しました。さらに、葉における細胞分裂の角度が野生株と異なることが期待されるrpl4d-3変異体では、野生型と異なる推定分裂パターンを検出できました。また、2種の非モデル植物でもシロイヌナズナと類似した接合角度分布が認められ、候補となる娘細胞を抽出する手法としての応用可能性が示されました。

本手法により、細胞輪郭が得られた静止画像から直近の細胞分裂を推測し、その方向や空間分布を迅速かつ大量に解析できます。研究グループはFIJI/ImageJプラグインとQtベースのGUIを公開しており(図3)、今後、自動的な細胞輪郭抽出と組み合わせることで、多様な植物や発生条件への展開が期待されます。

図3:FIJI/ImageJプラグインを用いた細胞分裂の推定
開発したFIJI/ImageJプラグインでは、細胞輪郭画像から多角形細胞ネットワークを構築し、隣接細胞の幾何学的特徴を計算することで、直近の娘細胞ペアを推定できます。推定された分裂は画像上に表示でき、分裂方向や空間分布の解析にも利用できます。解析ソフトウェア(FIJI/ImageJプラグイン・Qt GUI)はGitHubで公開しています。:https://github.com/Wang-Bio/cell-division-inference-from-cell-shape/tree/main/5_Software_Qt_FIJI

関連情報

「プレスリリース:葉の尾状先端の発生機構の解明」(2025年7月9日)

「プレスリリース:花びらの形が葉と違う仕組みを解明」(2022年12月12日)

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科 生物科学専攻
  塚谷 裕一 教授
  中山 北斗 助教
  王 子寧  特任研究員
  趙 宇傑  博士課程

京都大学
 医生物学研究所
  望月 敦史 教授
 大学院工学研究科
  井上 康博 教授

立教大学
 理学部
  堀口 吾朗 教授

論文情報

雑誌名 The Plant Cell
論文タイトル
Inferring cell division from cell shape
著者 Zining Wang, Yujie Zhao, Hokuto Nakayama, Gorou Horiguchi, Yasuhiro Inoue, Atsushi Mochizuki, Hirokazu Tsukaya
DOI 10.1093/plcell/koag279

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(JP19H05670、研究代表者:塚谷裕一)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)(JP24H00566、研究代表者:塚谷裕一)、基盤研究(A)(JP24H00710、研究代表者:塚谷裕一)、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR24Q4、研究代表者:望月敦史)、東京大学Global Science Graduate Course(王子寧)の支援を受けて実施されました。

用語解説

注1 娘細胞ペア
本研究では、解析時点の36時間以内に同じ母細胞の直近の分裂から生じ、どちらの細胞もその後再分裂していない隣接細胞の組を指します。 ↑

注2 接合角度
隣接する2細胞の共有細胞壁の両端にそれぞれ形成される外側の角度を指します(図1)。本研究では両端の平均値を用いました。分裂直後は180°に近い大きな値をとり、細胞伸長に伴って低下します。 ↑

注3 適合率・再現率
適合率は「娘細胞ペアと推定したもののうち、実際に娘細胞ペアだった割合」、再現率は「実際の娘細胞ペアのうち、正しく推定できた割合」を示します。適合率は誤検出が少ないほど、再現率は見逃しが少ないほど高くなります。 ↑

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