DATE2025.07.09 #Press Releases
葉の尾状先端の発生機構の解明
―葉先端と基部で異なる細胞分裂角度パターンが形態形成を制御―
発表のポイント
- 鋭い尾状先端は、葉の先端と基部で異なる細胞分裂角度パターンによって直接的に形成されることを、ナンキンハゼを用いた実験観察と数理シミュレーションにより実証しました。
- 葉形態の発生メカニズムとして、細胞分裂角度の「二領域性」が先端の鋭い形態を生み出す仕組みを世界で初めて明らかにしました。
- この発見は、植物の葉形態の多様性や細胞分裂制御の理解を深め、今後の園芸作物や観賞植物の形態設計、さらには環境適応研究への貢献が期待されます。

葉の尾状先端の発生仕組みの解明
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の王子寧大学院生、塚谷裕一教授、京都大学工学研究科の井上康博教授、京都大学医生物学研究所の望月敦史教授らによる研究グループは、葉の鋭い尾状先端(注1) (sharply elongated apex)がどのように形成されるのかという未解明の課題に挑みました。中国原産の落葉高木ナンキンハゼ(注2) (Triadica sebifera)をモデル植物として用い、葉の発生過程を顕微鏡観察および数値シミュレーションを駆使して解析しました。 この研究により、葉の先端部分では細胞分裂の方向が主に縦方向に偏り、葉の基部では分裂方向がランダムになるという、「二領域性細胞分裂角度パターン(注3) 」が葉の鋭い先端の形成に直接的に関与していることが世界で初めて実証されました。さらに、こうした細胞レベルでの分裂角度の制御が、葉の多様な形態に重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。
本成果は、植物の葉形態形成の新たな原理の解明につながるとともに、今後は農作物や観賞植物の形態設計、さらには植物発生学や進化生物学への応用展開も期待されます。
発表内容
研究の背景
植物の葉は多様な形態を示しますが、なかでも先端が鋭く尖った「尖鋭形(acuminate)(注4) 」、「鋭形(acute)(注5) 」、「尖頭形/微突形(cuspidate/mucronate)(注6) 」は、分類学的な指標として、また環境適応の観点からも重要な特徴とされています(図1)。例えば、葉先が尖って尾状となることで雨水を効率的に排水したり、光シグナルの受容が促進されたりするなど、さまざまな生理的役割が考えられています。しかし、こうした葉の先端形態がどのように発生・形成されるのか、その詳細なメカニズムは長らく未解明のままでした。葉の尾状先端の発生原理を解明することは、基礎生物学のみならず、応用研究の観点からも大きな意義を持ちます。
本研究では、先端が鋭く尖ったナンキンハゼ(Triadica sebifera)の葉を対象に、実験観察と数理シミュレーションを組み合わせることで、葉の尾状先端形成の仕組みの解明を目指しました。

図1.先端が鋭い葉の例。
(A)-(D):尖鋭形(acuminate)先端、(E)-(F):鋭形(acute)先端、(G)-(I):尖頭形/微突形(cuspidate/mucronate)先端、(J)-(L):複数の先端を持つ葉。スケールバー:2 cm(A-G、I-L)、0.25 cm(H)。
研究内容と成果
本研究では、葉の鋭く尖った先端(sharp apex)がどのように生じるかを、組織レベルと細胞レベルの実験観察・数理シミュレーションを統合して明らかにしました。
まず、ナンキンハゼの成熟葉を収集し、葉の輪郭の曲率(注7) 解析を実施したところ、外見状鋭い先端は、最大正の曲率ピークで特徴付けられ、その両側には必ず負の曲率を示す凹んだ連結部(concave joint)が存在することが判明しました(図2)。これは葉先端周辺で成長様式が急激に変化し、組織レベルでの差次的な成長が起こっていることを示唆します。
図2.ナンキンハゼ(Triadica sebifera)の葉の形態解析。
(A) ナンキンハゼの成熟葉。鋭い先端、凹んだ連結部、および丸い基部が観察される。(B) 葉の輪郭(leaf contour)に沿った位置ごとの曲率を示したグラフ。鋭い先端では高い正の曲率(最大値:約8)、凹んだ連結部では負の曲率(最小値:約-4)、丸い基部では正の曲率(約2)が示される。ここで連結部とは、葉身の先端と基部を連続的につなぐ部分を指す。
次に、ナンキンハゼの形態形成メカニズムを解明するため、頂端部(apex)では縦方向(proximal-distal axis)への偏差成長、基部(base)では均一成長という二領域的成長モデルを検証しました。
鋭い尾状先端部の形成に関与する細胞挙動を調べるため、発生段階ごとに細胞サイズと形状を解析したところ、葉の先端部には、根や茎で見られるような極端に細長い細胞や、配列の揃った細胞列は見られませんでした。鋭い尾状先端の形成は、根と茎のような極端な細胞伸長によるものではないことが示されました。
続いて、葉の発生各段階での細胞分裂角度を定量化しました。初期段階では葉全体で縦方向への分裂バイアスが見られましたが、発生とともに頂端部では縦方向のバイアスが維持され、基部では分裂方向がランダムに遷移しました(図3)。このバイアスは葉の成長とともに基部側へと移動し、最終的に成熟葉で確立されると推測されます。

図3. 左:ナンキンハゼの葉の二領域性成長の模式図:基部側は均一成長、先端部分が偏差成長。右:検出された先端細胞および基部細胞の分裂角度分布。
そこで、細胞分裂角度の空間的二領域性が実際に鋭い尾状先端や凹んだ連結部を形成できるかどうか、頂端部と基部で分裂角度を操作したvertexモデル(注8) を作成し、パラメータを網羅的に変えて検証しました。その結果、頂端部で縦方向バイアス、基部でランダム分裂という二領域性設定のみが、実際のナンキンハゼの葉に近い形態と曲率パターンを再現できることを発現しました(動画1)。そのとき、分裂角度バイアスの強さと領域境界の位置によって、先端の鋭さや長さが制御されることを判明しました(図4) 。
動画1.実験データに基づいて鋭い葉先端を生成するシミュレーション。

図4.分裂角度バイアスの強さと領域境界の位置のシミュレーション条件を変更することで生成された多様な葉先端形態。
一方で、分裂頻度のみを変化させるモデルでは、倒卵形や卵形は形成されましたが、鋭い先端を発見することはできませんでした。すなわち、分裂角度の空間的制御こそが鋭い先端形成に必須であることが裏付けられました。
今後の展望
本研究により、葉の鋭い先端の形成には、細胞分裂角度の二領域的かつ時空間的な制御が重要であることが明らかとなりました。今後は、この分裂角度制御の分子基盤の解明が次なる課題です。たとえば、オーキシンや転写因子などのホルモンや遺伝子が、どのようにして細胞分裂角度を局所的・動的に制御しているのか、遺伝子発現解析やライブイメージング、変異体解析などを通じて明らかにすることが期待されます。
また、本研究で提案した葉先端形成モデルが、他の多様な植物種や異なる葉形態にも普遍的に適用できるかを検証することも重要と考え、多様な種の比較研究も進めています。
これらの知見は、植物形態の進化や環境適応機構の理解を深めるだけでなく、将来的には園芸作物や観賞植物の形態設計や品種改良、さらには環境変動への適応力強化などの応用にもつながることが期待されます。
〇関連情報
プレスリリース:「花びらの形が葉と違う仕組みの解明」(2022年12月12日)
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 生物科学専攻
塚谷 裕一 教授
王 子寧 (Wang Zining;ワン ジネイ) 博士課程
京都大学
医生物学研究所
望月 敦史 教授
工学研究科
井上 康博 教授
関連情報
論文情報
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雑誌名 The Plant Journal 論文タイトル Biregionally differentiated growth generates sharp apex and concave joints in leaves著者 Zining Wang, Yasuhiro Inoue, Atsushi Mochizuki, Hirokazu Tsukaya*
(*責任著者)DOI番号 10.1111/tpj.70310
研究助成
本研究は、科学研究費助成事業「細胞システムの自律周期とその変調が駆動する植物の発生」(課題番号:JP19H0567、研究代表者:塚谷裕一)、科学研究費助成事業「葉メリステムの動的、数理的かつ発生進化学的解明」(課題番号:JP24H00566、研究代表者:塚谷裕一)、東京大学グローバルサイエンス大学院コース奨学金(王子寧)の支援により実施されました。
用語解説
注1 尾状先端
葉の先端が細長く突き出し、尾のように見える形態を指します。本研究では、この「尾状先端」の形成過程を主な解析対象としています。↑
注2 ナンキンハゼ
ナンキンハゼ(学名:Triadica sebifera)は、中国原産の落葉高木で、日本を含むアジア各地や北米でも街路樹や観賞用として広く植栽されています。樹高は10メートル以上に達することもあり、特徴的な葉の形態や美しい紅葉、種子から採れる蝋質が利用されることでも知られています。本研究では、葉形態のモデル植物として選定され、実験的観察やシミュレーションに用いられました。↑
注3 二領域性細胞分裂角度パターン
葉の先端部と基部において、細胞分裂角度が異なるという空間的なパターンを指します。本研究では、この分裂角度の違いが尾状先端の形成に直接関与していることを明らかにしました。↑
注4 尖鋭形(acuminate)
葉の先端が細長く、鋭く尖った形態を指します。植物分類学における葉形の一種で、本研究では尾状先端の代表例として取り上げられています。↑
注5 鋭形(acute)
葉の先端が比較的短く、鋭く尖った形態を指します。尖鋭形に比べて先端部分の伸長は小さいですが、植物分類学上重要な特徴であり、本研究でも比較の例として示されています。↑
注6 尖頭形/微突形(cuspidate/mucronate)
葉の先端が小さな突起状になっている、またはわずかに尖っている形態を指します。本研究では鋭形や尖鋭形とともに、葉先端の形態的バリエーションとして比較対象となっています。↑
注7 葉の輪郭の曲率
葉の輪郭の曲率とは、葉の縁(葉縁)に沿って連続的に測定される「曲がり具合(curvature)」を数値化した指標です。曲率が大きいほど急激に曲がっていることを意味し、正の値は外側に突出した(凸)部分、負の値は内側にへこんだ(凹)部分を示します。本研究では、鋭い尾状先端のような特徴的な突起部分で曲率が最大になる一方、その両側には必ず凹んだ連結部(concave joint)が現れ、そこで曲率が最小になることを明らかにしました。この指標は葉の形態を客観的かつ定量的に評価する上で不可欠であり、葉の発生メカニズムの解析に重要な役割を果たしています。↑
注8 Vertexモデル
Vertexモデルとは、細胞の輪郭を多角形の頂点(vertex)と辺(edge)の集合として表現し、組織全体の細胞配置や形態変化をコンピュータ上で再現する数理モデルです。各細胞の大きさや形状、隣接関係、細胞分裂の方向や頻度などをパラメータとして設定することができ、細胞レベルの挙動が組織や器官の最終的な形態にどのように影響するかを解析する強力な手法となっています。本研究では、葉の先端部と基部で異なる細胞分裂角度パターンをVertexモデルに組み込むことで、実際の葉に見られる鋭い尾状先端や凹んだ連結部の形成過程を数理的にシミュレートし、葉の形態形成の原理を検証するために用いられました。↑

