DATE2026.06.30 #Press Releases
水素で「止めたいところに止める」有機合成を実現
ー単原子白金触媒により、医薬品関連分子の合成に有用なニトロンを高選択的・連続的に合成ー
発表のポイント
- 白金原子を一つずつ炭素材料上に固定した「単原子白金触媒」を開発し、ニトロ化合物とアルデヒドからニトロンを高選択的に合成することに成功しました。
- 通常の白金ナノ粒子触媒では反応が進みすぎてしまうのに対し、本触媒では目的物であるニトロンの段階で反応を止めることができました。
- 入手容易な原料と水素を用い、副生成物を水に抑えられる本手法は、医薬品・農薬・機能性化学品の持続可能な製造プロセスへの展開が期待されます。

単原子白金触媒による選択的水素化反応
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の安川知宏特任助教(研究当時、現モナッシュ大学講師)と、同大学総括プロジェクト機構の小林修特任教授らによる研究グループは、白金原子を一つずつ炭素材料上に固定した「単原子白金触媒(注1) 」を用い、ニトロ化合物とアルデヒドからニトロン(注2) を高選択的に合成する新しい反応を開発しました。
ニトロンは多様な用途を持つ有用な化合物ですが、これまでの合成法では、高価で不安定な中間体を経由する必要があることや、多量の廃棄物が発生することが課題でした。今回開発した反応では、入手容易で比較的安定なニトロ化合物とアルデヒドを原料とし、反応後に主に水を生じるクリーンな還元剤である水素を用いて、ニトロンを一挙に合成できます。通常の白金ナノ粒子触媒(注3)では水素化が進みすぎる一方、本触媒では反応をニトロンの段階で止められることが特徴です。
本成果は、医薬品・農薬・機能性化学品の合成に有用なニトロンを、より効率的かつ環境調和的に供給するための新たな方法を示すものです。また、単原子触媒が、貴金属を節約するだけでなく、複雑な有機反応の選択性を精密に制御する反応場として機能することを示しました。
発表内容
研究の背景
水素は、反応後に主に水を副生するクリーンな還元剤であり、持続可能な化学合成において重要な役割を担っています。一方で、水素を用いる反応では「どこまで還元するか」を精密に制御することが難しく、特に複数の反応が連続して進むカスケード反応(注4) では、目的の中間段階で反応を止めるために高度な触媒設計が必要です。
ニトロンは、ラジカルを捕捉する試薬や抗酸化剤、酵素阻害剤として利用・研究されているほか、複雑な窒素含有化合物を構築するための合成中間体としても重要です。しかし、従来の一般的なニトロン合成法では、不安定で保存が難しいヒドロキシルアミン(注5)類を事前に合成して用いる必要があり、工程数が多くなる点や、多量の廃棄物を伴う点が課題でした。
そこで、入手容易で比較的安定なニトロ化合物とアルデヒドを同じ反応容器内で反応させ、水素ガスによって段階的に還元しながら目的物を一挙に組み上げる「連続水素化カップリング反応」が理想的なアプローチとして期待されてきました。この合成法では、ニトロ化合物を途中段階まで還元し、そこで生じるヒドロキシルアミンをアルデヒドと反応させる必要があります。しかし、ヒドロキシルアミン、アルデヒド、生成物であるニトロンはいずれも還元を受け得るため、目的のニトロンだけを選択的に得ることは容易ではありません(図1)。従来の白金ナノ粒子触媒では、表面に性質の異なる多数の反応点が存在するため、過剰還元を完全に抑えることが難しく、より精密に設計された触媒が求められていました。
図1:連続水素化カップリングの反応経路と副反応
研究の内容
本研究では、窒素とリンを含む炭素材料上に白金原子を孤立して固定した単原子白金触媒を設計・調製しました。電子顕微鏡観察(図2)、X線吸収分光、X線光電子分光などにより、白金が主に単原子状態で存在し、窒素・リンを含む炭素支持体によって安定化されていることを確認しました。この触媒を用いると、従来の白金ナノ粒子触媒とは対照的に、生成したニトロンのさらなる水素化が強く抑えられ、目的のニトロンを高選択的に得ることができました。反応解析から、単原子白金触媒ではアルデヒドやニトロンの水素化が起こりにくいことが分かりました。さらに、重水素実験とDFT計算(注6) により、水分子が関与した水素分子の開裂が反応に重要であり、リンの導入が白金の電子状態を調整して水素活性化を促進することが示唆されました。
図2:電子顕微鏡による単原子白金触媒の観察(輝点が白金原子を表す)
本手法は幅広い基質に適用でき、芳香族、複素芳香族、脂肪族基質を含む40種類のニトロンを合成できました。特に、炭素−炭素二重結合、カルボニル基、アリールハライドなど、通常の水素化条件では反応しやすい官能基を持つ基質でも、それらの官能基を保持したままニトロンを得られました。抗腫瘍性抗生物質FR900482、コレステロール吸収阻害薬エゼチミブ、天然物ヒドロキシコチニンに関連する合成中間体の合成にも利用できることを示しました。加えて、触媒を充填したカラムに原料溶液を連続的に流す連続フロー反応(注7) へ展開し、48時間にわたってニトロンを連続的に得ることにも成功しました(図3)。
図3:単原子白金触媒と連続フロー合成
今後の展望
今回の成果は、単原子触媒が単に貴金属の使用量を減らすための技術にとどまらず、反応の進み方そのものを制御する「精密な反応場」として機能することを示しています。水素を使う反応は環境調和型のものづくりに有用ですが、反応が進みすぎるという課題が常に伴います。本研究は、白金原子一つ一つの周囲の環境を設計することで、従来のナノ粒子触媒では難しかった選択性を実現できることを示しました。今後、単原子触媒と連続フロー合成を組み合わせることで、医薬品、農薬、機能性材料などの原料を、より安全に、少ない廃棄物で、必要な量だけ連続的に生産する技術へと発展することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 化学専攻
千崎 大誠 博士課程
安川 知宏 研究当時:特任助教
(現所属:モナッシュ大学化学科、現職位:講師)
総括プロジェクト機構「グリーン物質変換」総括寄付講座
小林 修 特任教授
論文情報
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雑誌名 Journal of the American Chemical Society 論文タイトル Selective Nitrone Synthesis via Cascade Hydrogenative Coupling of Nitro Compounds and Aldehydes Catalyzed by Single-Atom Platinum on N,P-Doped Carbon著者 Taisei Senzaki, Tomohiro Yasukawa, Yasuhiro Yamashita, Tei Maki, Muneaki Yamamoto, Tomoko Yoshida, Kai Oshiro, Min Gao, and Shū Kobayashi DOI https://doi.org/10.1021/jacs.6c08609
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI、課題番号:22H04972)、日本医療研究開発機構(AMED)の支援により実施されました。Pt K-edge XAFS測定は、あいちシンクロトロン光センター BL5S1にて実施されました(課題番号:202405028)。また、球面収差補正HAADF-STEM観察の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)」事業(課題番号:JPMXP1225UT0246)の支援を受けて実施されました。さらに、本研究の一部では、北海道大学化学反応創成研究拠点(ICReDD)におけるMANABIYAプログラムで学習したAFIR法を活用しました。
用語解説
注1 単原子白金触媒
白金原子を一つ一つ孤立した状態で固体表面に固定した触媒。通常の金属ナノ粒子触媒と異なり、金属原子の周囲の構造がそろいやすく、反応の選択性を精密に制御できる可能性がある。また、貴金属を原子レベルで有効利用できる点でも注目されている。 ↑
注2 ニトロン
窒素と酸素を含む有機化合物の一群で、一般に R1R2C=N⁺(O⁻)R3 (Rは任意の置換基)という構造で表される。↑
注3 白金ナノ粒子触媒
多数の白金原子が集まったナノメートルサイズの粒子を活性点とする触媒。水素化反応に広く用いられるが、表面には性質の異なる多数の反応点が存在するため、目的物をさらに還元してしまう場合がある。↑
注4 カスケード反応
一つの反応容器の中で、複数の反応が連続して進む反応形式。中間体を単離せずに次の反応へ進められるため、工程数や廃棄物を減らせる可能性がある。一方で、どの段階で反応を止めるかを制御することが難しい。 ↑
注5 ヒドロキシルアミン
一般に R−NHOH で表される、窒素と酸素を含む有機化合物。本研究では、ニトロ化合物が部分的に還元されることで反応中に生じる重要な中間体である。ヒドロキシルアミンは不安定な場合が多く、従来法では取り扱いが課題となっていた。 ↑
注6 DFT計算
Density Functional Theory(密度汎関数理論)に基づく量子化学計算。分子や触媒上で反応がどのように進むか、どの過程にどの程度のエネルギーが必要かを理論的に調べることができる。本研究では、水分子が関与した水素分子の開裂や、リンの導入が白金の反応性に与える影響を検討するために用いた。 ↑
注7 連続フロー反応
反応容器に原料を一度に入れるバッチ反応とは異なり、管やカラムに原料を連続的に流しながら反応させる方法。熱や物質の移動を制御しやすく、安全性や生産性の向上が期待できる。本研究では、触媒をカラムに充填し、原料溶液を流し続けることでニトロンを連続的に合成した。 ↑

