DATE2026.06.15 #Press Releases
リボソームのトンネルの詰まりを解消するメカニズムの解明
YheSがtRNAを引っ張り、リボソームを再始動
発表のポイント
- タンパク質YheSが、リボソーム停止時にtRNAを引き出すことで翻訳を再始動させる分子メカニズムを解明。
- 大腸菌の無細胞翻訳系とクライオ電子顕微鏡解析を組みあわせ、SecM合成中に停止したリボソームとYheSの複合体の立体構造を決定。
- 根幹的な生命現象である翻訳停止の理解を深め、タンパク質発現の精密制御や有用タンパク質生産の最適化によるバイオものづくりへの将来的な貢献が期待できる。

YheSによってアレストが解除されたSecMペプチドの構造
概要
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の依宋海志大学院生、伊藤弓弦准教授、濡木理教授(兼東京科学大学総合研究院細胞制御工学研究センター特任教授)、岡山大学大学院環境生命自然科学研究科の山崎公平大学院生、同大学術研究院環境生命自然科学学域の茶谷悠平准教授、東京科学大学生命理工学院生命理工学系の池田刀麻大学院生、古田忠臣助教、同大学総合研究院細胞制御工学研究センターの田口英樹教授らによる研究グループはクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)(注1)を用いた構造解析により、翻訳調節因子YheSとSecM(注2)を合成中に停止(アレスト(注3))したリボソーム(注4)の複合体の立体構造を決定しました。立体構造をもとに、変異体解析や分子動力学シミュレーションを実施し、YheSがアレストを解除するメカニズムを明らかにしました。
発表内容
遺伝子の情報をもとにタンパク質を合成する過程は翻訳と呼ばれ、生命の基本的かつ重要な化学反応です。翻訳を担う巨大な分子装置がリボソームで、いわばタンパク質の合成工場です。リボソームは、遺伝子の写しであるメッセンジャーRNA(mRNA)に結合して、mRNA上を進み、mRNAの塩基配列に応じて、対応するトランスファーRNA(tRNA)をリボソーム内に次々に呼び込みます。tRNAが持ち込むアミノ酸を数珠つなぎにすることで、ペプチド鎖を伸ばしていきます。ペプチド鎖はリボソームから放出され、折り畳まれてタンパク質になります。アミノ酸は20種類あり、遺伝子にはそれらのアミノ酸の並び方(配列)の情報が書き込まれています。そのため、遺伝子ごとに決まったアミノ酸配列のタンパク質が作られることになります。
ペプチド鎖の伸長はリボソームのペプチジル転移中心(PTC)で行われ、ペプチド鎖はリボソーム内のトンネルを通り、外へと放出されます。リボソームは特定のアミノ酸配列のペプチド鎖を合成すると、mRNA上で停止することがあります。このリボソームが停止する現象を翻訳アレストといいます。代表的な翻訳アレストとして、SecMというタンパク質を合成中にリボソームが停止することがよく知られています。SecMのペプチド鎖はリボソームのトンネルの壁と強く相互作用することで、トンネルが詰まり、リボソームが止まります。これまでの研究からタンパク質であるYheSは、この詰まりを解消することが分かっていましたが、その具体的なメカニズムは不明でした。
本研究では大腸菌の無細胞翻訳系とクライオ電子顕微鏡解析を組み合わせ、SecMタンパク質を合成中に停止したリボソームとYheSの複合体の立体構造を決定することに成功しました(図1)。

図1:SecMアレストリボソームとYheSの複合体の立体構造
この構造では、YheSはリボソームのEサイトという部位に結合し、PサイトのtRNA(P-tRNA)と相互作用していることがわかりました。YheSが結合することで、P-tRNAは25°回転し、かつ12 Å(1 Åは1 cmの1億分の1、水素原子の大きさが約1 Å)ほど外側に引き出されています(図2)。それに伴いP-tRNAにつながっているSecMのペプチド鎖が約2 Åトンネルの外側へ引き出されていました。YheSがない時は、SecMのペプチド鎖はリボソームのトンネルの壁と相互作用していますが、YheSが結合することで、ペプチド鎖とトンネル壁の相互作用が失われていることがわかりました。

図2:YheSによるP-tRNAの再配置
立体構造に基づき、複数の部位に突然変異を導入した変異体YheSを作成し、YheSのアレスト解除活性を測定することで、YheSのArmという部位とリボソームのL1ストークという部位の相互作用がYheSの配置に、YheSのPtIMという部位とリボソームのPTC付近の部位の相互作用がtRNAを引き出すことに重要なことがわかりました。また分子動力学シミュレーションの結果を組み合わせ、以下の「YheSによるアレスト解除モデル」(図3)を提唱しました。本成果は生物のタンパク質合成に対する理解を深めるものです。

図3:YheSによるアレスト解除モデル
a:SecMによりアレストしているリボソーム。b:YheSがEサイトから侵入し、ペプチド新生鎖を引き戻すことでアレストが解除される。c:YheSがATP加水分解によって構造が変化し、リボソームから離れることで翻訳が再開する。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 生物科学専攻
依宋 海志 修士課程
伊藤 弓弦 准教授
濡木 理 教授(東京科学大学総合研究院細胞制御工学研究センター特任教授を兼任)
東京科学大学
生命理工学院 生命理工学系
池田 刀麻 博士課程
古田 忠臣 助教
総合研究院 細胞制御工学研究センター
田口 英樹 教授
岡山大学
大学院 環境生命自然科学研究科
山崎 公平 修士課程
学術研究院 環境生命自然科学学域
茶谷 悠平 准教授
論文情報
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル Structural insights into YheS-mediated release of SecM-arrested ribosome著者 Kaishi Iso, Toma Ikeda, Kohei Yamasaki, Yushin Ando, Fumiya K. Sano, Tadaomi Furuta, Hideki Taguchi, Osamu Nureki, Yuhei Chadani, Yuzuru Itoh DOI 10.1038/s41467-026-72863-1
研究助成
本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP20H05925)」、「基盤研究(S)(課題番号:JP25H00438)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP23H02410)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP22H02553)」、「特別推進研究(課題番号:JP26H00007)」、JST「戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR24OC)」、「戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20E2)」、AMED「BINDS(課題番号:JP25am121002)」、日本応用酵素協会、武田科学振興財団、山田科学振興財団、稲盛財団、野田産業科学研究所、千里ライフサイエンス振興財団の支援により実施されました。
用語解説
注1 クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)
タンパク質などの生体分子試料を極低温(約-190℃)で急速凍結し、透過型電子顕微鏡で観察する技術。 ↑
注2 SecM
Secトランスロコンというタンパク質を膜に組み込む装置の量を調節するために使われるタンパク質。Secトランスロコンの量が少ない時は、SecMを合成中のリボソームを止め、それにより同じmRNAの下流にあるSecA(Secトランスロコンの構成因子の一つ)の合成量を増やす。 ↑
注3 翻訳アレスト
リボソームアレストとも。タンパク質を合成中のリボソームが停止する現象。同じmRNAの下流にある遺伝子の発現量(タンパク質合成量)の調節に使われていることが多い。 ↑
注4 リボソーム
タンパク質を合成する巨大なタンパク質・RNA複合体。大小サブユニットからなる。 ↑

