search
search

Press Releases

DATE2026.05.28 #Press Releases

菌類がステロールにアミノ酸を付ける仕組みを解明

tRNAを使って脂質を修飾する酵素ErdSの構造と働きを解明

発表のポイント

  • 菌類の細胞膜に多く含まれる脂質に、アミノ酸を付ける酵素の立体構造をクライオ電子顕微鏡で明らかにしました。
  • この酵素が、通常はタンパク質合成に使われるtRNAを“受け渡しアーム”のように利用して脂質を修飾する仕組みを示しました。
  • 本研究は、菌類の成長や環境応答の理解を深めるとともに、新しい抗真菌薬の開発につながることが期待されます。

ErdSによるtRNA依存的なErg-Asp合成

概要

東京大学大学院理学系研究科の村山華子大学院生、伊藤弓弦准教授、濡木理教授らの研究グループは、フランス・ストラスブール大学などとの国際共同研究により、菌類の細胞膜に多く含まれる脂質エルゴステロール(注1)にアミノ酸を付ける酵素「ErdS」の仕組みを明らかにしました。

ErdSは、通常はタンパク質合成で使われるtRNA(注2)を利用して脂質を修飾しますが、その詳しい働きはわかっていませんでした。本研究では、クライオ電子顕微鏡(注3)を用いてErdSの立体構造を解析し、この酵素の内部に脂質を受け入れると考えられる特徴的な部分があることを示しました。さらに、tRNAの末端が大きく動いて、酵素内の二つの部位の間で反応をつなぐ様子が示されました。加えて、ErdSの働きが乱れると、菌類の胞子形成や発芽、菌糸成長、環境ストレスへの応答にも影響が出ることがわかりました。

本成果は、tRNAがタンパク質合成以外の反応にも利用される仕組みを示すものであり、菌類の細胞膜機能の理解や、新しい抗真菌薬の標的探索につながることが期待されます。

発表内容

tRNAは一般に、リボソームにアミノ酸を運び、タンパク質を合成するための分子として知られています。一方、近年では、tRNAに結合したアミノ酸が、タンパク質合成以外の反応にも利用されることがわかってきました。真菌では、ErdSと呼ばれる酵素が、tRNAを介して、細胞膜の主要脂質であるエルゴステロールにアミノ酸の一種であるアスパラギン酸を付ける反応が知られています。この反応では、ErdSが、まずtRNAにアスパラギン酸を結合させ、その後そのアスパラギン酸をエルゴステロールへ移します(図1)。しかし、ErdSがどのようにエルゴステロールを認識し、tRNAを使って効率よく脂質修飾を進めるのかは不明であり、その分子機構や生理的意義は十分にわかっていませんでした。 

図1:AspRSドメインとATTドメインによるErg-Asp合成機構

研究グループは、ヒト病原性真菌 Aspergillus fumigatus 由来のErdSを用い、クライオ電子顕微鏡によってその構造を解析しました。その結果、ErdSのATTドメインという部位に、ステロールを受け入れると考えられる特徴的なポケット構造を見出しました。これは、ErdSがエルゴステロールを選択的に認識する構造基盤を示すものです。 

さらに、アスパラギン酸が離れないよう細工したtRNAを用いて構造解析を行ったところ、アスパラギン酸を付けるtRNAの末端が大きく移動することで、ErdS内の二つの活性部位の間でアスパラギン酸の受け渡しを可能にしている構造基盤が示されました。特に、tRNAの肘部(エルボー)はErdSのN末端側の長いαヘリックスによって保持され、このN末端ヘリックスだけが大きく動くことで、反応の中間体を外に放出せず効率的にアスパラギン酸を受け渡す仕組みが示されました(図2)。これは、多段階反応を進める酵素複合体で見られる「スイングアーム」のような動きを、tRNA自体が担っていることを意味します。 

また、真菌においてerdS遺伝子を欠損させたり発現を変化させたりすると、胞子形成、胞子発芽、菌糸成長、細胞壁ストレス応答などに異常が生じました。これらの結果から、アスパラギン酸を付けたエルゴステロール(Erg-Asp)が、真菌の正常な発生や膜恒常性の維持に重要であることが示されました。 

本研究は、tRNAがタンパク質合成以外の反応で果たす役割を、構造レベルで明確に示した成果です。特に、真菌に特有な脂質修飾酵素ErdSの構造と機能が明らかになったことで、真菌の細胞膜形成やストレス適応の理解が進むと期待されます。さらに、エルゴステロールは抗真菌薬の主要標的として知られており、今回見いだされたErdSのステロール結合ポケットは、新しい抗真菌薬開発の足がかりになる可能性があります。

図2:tRNAの動きを介したErdSのErg-Asp合成機構

発表者・研究者等情報                                       

東京大学
 大学院理学系研究科
  濡木 理 教授
  伊藤 弓弦 准教授
  村山 華子 大学院生(博士課程)

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイト
Structure of ergosteryl-aspartate synthase reveals how an entrapped tRNA is used like a prosthetic swinging arm in the synthesis of aminoacylated sterols
著者 Hanako Murayama, Nathaniel Yakobov, Nassira Mahmoudi, Sasha Legrosdidier, Nicolas Fournier, Solène Zuttion, Kanata Matsumoto, Michihiro Nishimura, Jingwei Ji, Bruno Senger, Laurence Huck, Howard B. Gamper, Yoshiaki Kise, Ralph E. Kleiner, Mathieu Frechin, Ya-Ming Hou, Hubert D. Becker, Yuzuru Itoh, Frédéric Fischer and Osamu Nureki
DOI 10.1038/s41467-026-73135-8

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:23KJ0722、研究代表者:村山華子)、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:26H00007、研究代表者:濡木理)および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20E2、研究代表者:濡木理)などの支援を受けて実施されました。

用語解説

注1 エルゴステロール
真菌の細胞膜に多く含まれるステロールの一種。動物細胞におけるコレステロールに相当し、膜の性質や機能の維持に重要です。

注2 tRNA
アミノ酸を運搬し、通常はタンパク質合成で使われるRNA分子。本研究では、タンパク質合成とは別の脂質修飾反応にも利用されることが示されました。

注3 クライオ電子顕微鏡
試料を急速凍結して自然に近い状態のまま観察し、分子の立体構造を高分解能で解析できる手法です。