search
search

Press Releases

DATE2026.05.15 #Press Releases

超高速・超低省電力で動作する不揮発量子スイッチング素子

40ピコ秒動作、次世代コンピュータ・データセンター省エネへ

発表のポイント

  • コンピューターや電子回路で情報の切り替えに使われるスイッチング素子は、高速化すると消費エネルギーが増えるため、ナノ秒より速く動作させることは困難とされてきた。この常識を覆し、本研究では反強磁性体を用いて、電源を切っても状態を保持する不揮発性スイッチングを、最短40ピコ秒で、かつ超低省電力で実証した。
  • 電子がもつ回転の性質(スピン)の動きを直接利用した量子力学的な仕組みによって、1011回以上繰り返し使える高い耐久性と、非常に低い消費電力を同時に実現した。
  • 通信波長帯レーザーと超高速光電変換器で生成した光電流パルスによるスイッチングも実証した。超低省電力性をもつ本光電融合技術がデータセンターI/Oの省エネ化に貢献することが期待される。


光電変換素子と反強磁性体スイッチング素子を組み合わせた不揮発量子スイッチングの模式図

概要

東京大学大学院理学系研究科のTsai Hanshen特任助教、松田拓也特任助教(研究当時)、中辻知教授らの研究グループは、同研究科有田亮太郎教授(兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター チームディレクター)、同大学大学院工学系研究科の竹中充教授、清水宏太郎助教、飯塚哲也教授、および同大学物性研究所の三輪真嗣准教授、ならびに理化学研究所創発物性科学研究センターの近藤浩太上級研究員(研究当時)(現:大阪大学先導的学際研究機構 准教授)らと共同で、反強磁性体Mn₃Sn(注1)を用い、40ピコ秒(ピコは1兆分の1)という極めて短い電気パルスによって磁気状態(2値)を書き換えられる、すなわち、スイッチングできることを示しました。現在のCPU、GPUでは処理速度が高速になると通常、消費エネルギーが極端に上がるためナノ秒(ナノは10億分の1)以下の動作速度とすることは困難でした。実際、その1,000倍のスピードのピコ秒スイッチングの実現に向けて様々な機構が検討されてきましたが、数百度もの温度上昇による耐久性の観点から課題が残されており、ピコ秒スイッチングは実用化に向けてなお研究開発段階にあります。本研究で用いた反強磁性体デバイスでは、熱に依らない角運動量移行に基づくスピン軌道トルク(注2)により、発熱の大幅な低減と高い耐久性を両立したピコ秒スイッチング動作が可能であることを示しました。これは、従来検討されてきたピコ秒スイッチング機構では到達できない唯一の方法です。さらに、通信波長帯レーザーと光電変換器を組み合わせて生成した60ピコ秒の光電流パルスによっても、同様のスイッチングが可能であることも実証しました。これは、光信号を電気信号へ変換し、そのまま不揮発メモリへの書き込みに接続する「スピントロニクス光電変換」の基礎実証に相当します。本研究成果は、国際科学雑誌『Science』の2026年5月14日付(米国東部夏時間)オンライン版に掲載されました。

発表内容

1.研究の背景と経緯

生成AIや大規模機械学習の普及により、消費電力と計算性能を決める要因として、演算そのものに加えて、演算器とメモリ間のデータ移動の比重が高まっています。従来型アーキテクチャでは演算部とメモリが物理的に分離しているため、帯域とエネルギーの両面でいわゆる「メモリウォール(注3)」が顕在化しています。このため近年、データ移動を最小化するin-/near-memory計算や、高帯域・低損失配線(光インターコネクトなど)といった計算とデータ配置を一体で最適化する技術への期待が高まっています。

通常、スイッチング素子の高速動作は大きなエネルギーを要し、そのため、動作速度は通常、ナノ秒領域より高速にすることは難しく、現状のCPU、GPUは速くてもサブナノ秒域での動作にとどまっています。こうした次世代情報処理アーキテクチャの鍵となるのが、超高速・低省電力で書き換え可能で、かつ電源を切っても状態を保持する不揮発性スイッチングデバイスです。これまで、その実現に向けて、アモルファス相から結晶相への変化、フィラメント形成などに基づく抵抗変化、また超高速消磁を介した磁化反転など、様々な機構が検討されてきました。しかし一般に、ピコ秒級(1~100ピコ秒)の超高速動作では、短時間に電力を注入する必要があり、消費電力の増大が局所温度上昇や素子劣化を招くことが実用化の大きな障壁となっていました。

この課題を克服する候補として、本研究グループは次世代量子スピントロニクス材料として注目されるトポロジカル反強磁性体Mn3Snに着目しました。Mn3Snは自発磁化がほぼゼロであるにもかかわらず、室温で強磁性体に匹敵する大きな異常ホール効果(注4)を示すほか、スピンダイナミクスがピコ秒級であることが知られています。さらに近年、Mn3Snにおいて電流により磁気八極子秩序がスイッチングできることが示され(Nature 誌 580, 608-613 (2020); Nature 誌 607, 474-479 (2022))、超高速・高効率動作が期待される新しい磁気メモリ材料として研究が加速しています。

一方で、ピコ秒級の超高速スピンダイナミクスが期待されるにもかかわらず、電流誘起スイッチングが実証されて以降も、実験的に報告されている駆動スピードは主としてサブナノ秒程度にとどまっています。したがって、ピコ秒領域における低電力・高耐久な不揮発性スイッチングは依然として未踏領域でした。また、Mn3Snの電流誘起スイッチングに関する報告は増えているものの、時間スケールと消費電力の両面で強磁性体デバイスに対する明確な優位性を実験的に示した例はなく、「反強磁性体へ置き換える実用上の決定打」はいまだ確立されていないのが現状です。

2.研究の内容・成果

本研究では、シリコン基板上に成膜したトポロジカル反強磁性体Mn3Sn(10~16 nm)/重金属Ta(5 nm)のヘテロ薄膜に対してホールバー素子として微細加工しました。磁気状態の読み出しには異常ホール効果を用いました。まず、高速な光電変換器である単一走行キャリアフォトダイオード(UTC-PD)を用い、通信波長帯である1.55 µm帯の光パルスから60 ps(ピコ秒)の電流パルスを生成しました。この光電流パルスにより反強磁性状態のスイッチングを実証し、250回の繰り返しでエラーなくスイッチングが観測されました(図1)。また、面内磁場方向に応じてスイッチング極性が反転することから、Taのスピンホール効果に由来するスピン軌道トルク機構と整合することを示しています。これらの結果から、通信波長帯の光電変換からそのまま不揮発書き込みへ接続できることを示しました。

 

図1:(A)作製したMn3Sn/Ta薄膜素子に対して光電変換器を用いて発生させた60 ps光電流パルスによる磁気スイッチング。60 ps光電流パルススイッチング(オレンジ)と100 msリセット(青)の組み合わせによる。上部と下部は面内磁場の方向が異なる。(B)ホール電圧の光電流スイッチング振幅に対するヒストグラム。

UTC-PDとは独立に超高速電気パルス発生器を用いて、スイッチングに必要な電流密度(臨界電流密度)を調べ、特に最短である40 psにおける臨界電流密度のMn3Sn層の厚み依存性を系統的に調べました(図2)。その結果、実験結果は理論曲線と良い一致を示しており、40 psスイッチングが熱によるものではなく、内因的スピントルク機構と整合することが明らかとなりました。

図2:(A)様々なパルス幅の電流印加により得られたスイッチング確率の電流密度依存性。スイッチング確率0.9の破線は磁気状態を書き換えられたかどうかの判定基準を示している。(B)Mn3Sn層の厚さ依存性におけるパルス幅40 psの臨界電流密度。破線はスピントルクに基づく理論曲線を示す。Mn3Sn層の厚みが大きくなると、スイッチングに必要な角運動量が増えるため、それに伴い必要な電流密度も高くなると期待される。実際、実験結果は理論曲線と良く一致しており、40 psスイッチングが非熱的機構であるスピントルク起源であることと整合する。

さらに、パルス幅を40 ps~500 msの広範囲で変化させ、臨界電流密度の振る舞いを調べました(図3)。その結果、パルス幅が長い領域では熱によるスイッチング機構が支配的である一方、数十ピコ秒の超高速領域では臨界電流密度がパルス幅の逆数にほぼ線形に依存することがわかりました。特に、この超高速領域における傾きは、従来の強磁性体を用いた素子と比べて数桁小さいことがわかり、Mn3Snの磁気多極子に対するスピントルクによる角運動量移行が高効率であることを示しています。

また、本研究では、40 ps駆動でのエネルギー注入が小さいことを示しました。具体的には、10 nm厚のMn3Sn層と5 nm厚のTa層のヘテロ接合素子において、エネルギー密度を約1.7 pJ/µm2、パワー密度を約0.04 W/µm2と見積もりました。エネルギー密度から30 nm×30 nm×10 nmサイズの1ビット素子へ換算すると、消費エネルギーは1 fJ程度という極めて小さな値になります。また、パワー密度は既報のピコ秒スイッチング素子より1桁以上小さく、発熱抑制と高耐久化につながります。実際、ピコ秒パルスで1011回以上のスイッチング動作を実証し、相変化やフィラメント形成によるピコ秒スイッチング機構よりも数桁高い耐久性をもつことを示しました。これらの成果は、反強磁性体スイッチング素子において、ピコ秒領域で「低パワー密度・高耐久・不揮発」を同時に満たす可能性を示すものです。

図3:(A)パルス幅に対する臨界電流密度の変化。(B)パルス幅の逆数に対する臨界電流密度の変化。Mn3Sn/Ta素子(赤・黄)は、既報の強磁性体/重金属スイッチング素子(青・黒)とは量的に大きく異なり、ピコ秒領域での低消費電力動作に有利なスケーリングが得られることを示す。

3.波及効果、今後の展開

従来のスイッチング素子研究では、素子構成や駆動条件の制約により、ピコ秒領域における消費電力とそれに伴う発熱が大きな問題となっていました。これに対し本研究では、トポロジカル反強磁性体Mn3Sn/Taヘテロ構造において、ピコ秒領域での不揮発量子スイッチングがスピントルク機構で説明できることを示し、40 psという極めて短いパルス駆動での超低省電力動作を明確にしました。本研究では、反強磁性体デバイスにおいて、ピコ秒領域で動作する既報のピコ秒スイッチング素子と比較してパワー密度が1桁以上小さい低省電力・高耐久な不揮発性スイッチングを示したことにより、強磁性体を置き換える工学的優位性を明らかにしました。さらに、通信波長帯の光と光電変換器を組み合わせて生成した光電流パルスによってもスイッチングが実現できることを示したことで、光信号を電気信号へ変換し、そのまま不揮発書き込みへと接続する「スピントロニクス光電融合技術」の基盤となることが期待されます。

今後、外部磁場を必要としないピコ秒級動作の実現や、回路・実装条件を含めた最適化を進めることで、データセンターI/Oを含む省エネルギー情報処理技術への応用展開が見込まれます。また本研究は、トポロジカル反強磁性体における超高速スピンダイナミクスを実験的に制御・検証するための基盤となり、電子状態のトポロジーに根ざした物性物理の理解にも貢献することが期待されます。

なお、本研究については以下の動画でも紹介しています。

動画タイトル:量子コンピューターのエッセンスで素粒子から宇宙まで探る
https://youtu.be/UXdPHyjMD-s?t=1005

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科 物理学専攻
  Hanshen Tsai   特任助教
  松田 拓也      特任助教(研究当時)
           現:大阪公立大学 大学院理学研究科 准教授
  肥後 友也      特任准教授(研究当時)
           現:慶応義塾大学 理工学部 電気情報工学科 准教授
  松尾 拓海      博士課程学生
           兼:ジョンズ・ホプキンス大学 博士課程学生
  対馬 湧太郎    博士課程学生
  朝倉 海寛      博士課程学生
  Hanyi Peng     修士課程学生(研究当時)
  山田 祥悟      修士課程学生
  有田 亮太郎    教授   
      兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター チームディレクター
  中辻 知  教授   
             兼:同大学 物性研究所 特任教授
             兼:同大学 トランススケール量子科学国際連携研究機構 機構長
             兼:ジョンズ・ホプキンス大学 Research Professor

 大学院工学系研究科
  電気系工学専攻
   竹中 充      教授
   飯塚 哲也    教授
   Rui Tang     特任助教(研究当時)
           現:慶応義塾大学 理工学部 電気情報工学科 特任講師
  物理工学専攻
   清水 宏太郎  助教

 物性研究所
  三輪 真嗣      准教授
  浜根 大輔      技術専門職員

理化学研究所
 創発物性科学研究センター
  近藤 浩太      上級研究員(研究当時)
           現:大阪大学 先導的学際研究機構 准教授

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 大規模プロジェクト型「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」(課題番号:JPMJMI20A1)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「トポロジカル物質に基づく革新的量子エレクトロニクスの創成」(課題番号:JPMJAP2317)、科学研究費助成事業(課題番号:JP24K00581, JP22H00290, JP25H01252)の支援により実施されました。

論文情報

雑誌名 Science
論文タイト
Picosecond ultralow-power switching device based on an antiferromagnet
著者 Hanshen Tsai†, Takuya Matsuda†, Kouta Kondou, Kotaro Shimizu, Takuya Nomoto, Tomoya Higo, Takumi Matsuo, Yutaro Tsushima, Mihiro Asakura, Hanyi Peng, Daisuke Nishio-Hamane, Shogo Yamada, Rui Tang, Tetsuya Iizuka, Shinji Miwa, Ryotaro Arita, Mitsuru Takenaka, Satoru Nakatsuji
DOI 10.1126/science.adt3136

 

用語解説

注1 反強磁性体Mn3Sn
電子はスピンと呼ばれる自由度をもっており、物質中の磁性の起源の一つとなっています。物質を構成する原子内でのスピンの並び方によって、磁性体はいくつかの種類に分類されます。一般に磁石として知られている強磁性体ではスピンが同じ向きに揃い大きな磁化の値を示しますが、反強磁性体ではスピン同士が互いを打ち消し合う方向を向き、全体としては磁化がほぼゼロとなります。一般的な反強磁性体では、スピンが反平行を向くことで打ち消し合っており、共線型反強磁性体と呼ばれています。一方、反強磁性体Mn3Snは図4に示すようなカイラル反強磁性秩序をもっています。その反強磁性磁気秩序は図中のオレンジ色の矢印で表されたクラスター磁気八極子により記述され、これが強磁性体の磁化に類似した対称性をもつことが知られています。

図4:反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造。Mn3Snはマンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる格子面(カゴメ面)が[0001]方向に交互に位置を変えながら積層した構造をもっています。Mn原子上の矢印が磁気スピンの方向を示しており、それらが互いに逆向きを向こうとする性質とMn原子の配置により、スピンが互いに120°を向いた反強磁性秩序を示します。右図中のオレンジ色の矢印は強磁性体における磁化に対応するクラスター磁気八極子を示しており、Mnスピンがつくる磁気秩序に応じて向きを変えます。

注2 スピン軌道トルク
電流に伴う電荷の流れを、スピンの流れ(スピン流)へと変換することで、隣接する磁性体にスピンを注入し、磁気秩序を制御することが可能になります。このスピン注入により磁性体内部のスピンに向きを回そうとする力(トルク)が作用し、このトルクをスピン軌道トルク(SOT)と呼びます。電流-スピン流の変換には一般に変換効率の高い、白金などの重金属が用いられます。

注3 メモリウォール
近年、CPUやGPUの計算能力は飛躍的に高まっていますが、計算に必要なデータをメモリから読み書きする速度は、それほど速くはなっていません。そのため、計算装置が十分な能力をもっていても、データの到着を待つ時間が増え、性能を最大限に発揮できなくなります。この課題は「メモリウォール問題」と呼ばれ、コンピューティングシステムの高速化を妨げる大きな要因になっています。

注4 異常ホール効果
磁場を印加しながら電流を流すと電流・磁場両方に垂直な方向に起電力が生じることをホール効果と呼びます。強磁性体においては磁化の方位に応じてホール効果が発生することが知られており、異常ホール効果と呼ばれます。近年では強磁性体以外の物質でも、トポロジカル反強磁性体Mn3Snのように、波数空間における仮想磁場の発生により異常ホール効果を示す物質も知られています。