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Press Releases

DATE2026.05.21 #Press Releases

太陽の「生まれ」が与えたリン元素のボーナス

ー太陽に似た星の観測から銀河におけるリン含有量の変化を解明ー

発表のポイント

  • 太陽に似た46個の星を観測し、生命の必須元素の1つであるリンの含有量を高精度で測定しました。そして、太陽類似星の年齢とリン含有量の強い相関を、世界で初めて示しました。
  • 太陽類似星の年齢は、各恒星が天の川銀河のどこで生まれたかを探る手がかりとなります。今回見つかった年齢とリン含有量の相関は、銀河内の場所によるリンの増え方の違いを反映しています。
  • 46億年前、今ある位置より銀河の内側で太陽が生まれたと考えられています。現在の太陽近傍で最近生まれた星と比べると、太陽のリン含有量が約25%高いことが、本研究からわかりました。これは、多くの生命をはぐくむための材料となるリン元素のボーナスといえます。

発表概要

松永典之(東京大学 大学院理学系研究科助教)らの研究グループは、太陽に似た星(太陽類似星(注1) )の観測から、銀河の中でリン(注2) の含有量の増え方が銀河内の時期と場所によって異なることを明らかにしました。生命に必須の元素であるリンは、可視光観測では含有量の測定が困難でしたが、本研究では、近赤外線に現れる5本のリン吸収線を用いることで、高精度のリン含有量測定を実現しました。その結果、太陽類似星の年齢とリン含有量との間に明瞭な相関があることを世界で初めて示しました。太陽類似星の年齢は、単に「いつ生まれたか」を示すだけでなく、「銀河のどこで生まれたか」を反映する手がかりだと考えられています。最近の研究では、太陽が現在の位置よりも銀河の内側寄りで生まれ、長い時間をかけて今の場所まで移動してきたシナリオが示されています。今回の観測結果から、銀河の内側で早い時期に生まれた太陽は、現在の太陽近傍で生まれる太陽類似星と比べて、リンを多く含む環境で誕生したと考えられます。これは、太陽系が銀河の内側で生まれた結果として、生命をはぐくむための材料となるリン元素のボーナスを受け取っていたことを示す成果です。

発表内容

研究の背景
リンは、DNAやRNA、細胞膜、そしてエネルギーの受け渡しに重要なATP(アデノシン三リン酸)など多くの生体分子に含まれる生命必須元素です。ところが、このリンが宇宙のどこで、いつ、どのように作られてきたかは、現在の天文学でもまだ十分に解明されていません。理論的には、大質量星や重力崩壊型超新星での合成が主要な起源と考えられてきましたが、それだけでは観測されるリンの量を十分に説明できないという指摘もあり、新星爆発や他の起源による寄与も提案されています(注3)

この問題を天体観測から調べようとしても、太陽のような比較的寿命の長い星では、リンの吸収線が可視光スペクトルに現れないためその含有量を測ることができません。一方、近赤外線スペクトルには観測可能なリンの吸収線が存在するため注目されていますが、それらの弱い吸収線を高い精度で測定できる近赤外線分光器は世界的にも限られています。そのため、銀河におけるリンの起源と進化を探るために必要な観測データは、これまで十分に得られていませんでした。

松永助教らの研究グループは、チリ・ラスカンパナス天文台のマゼラン望遠鏡(主鏡口径6.5 m)に設置したWINERED分光器(注4) を用いて、さまざまな種類の恒星でリンの測定を進めています。本研究で対象としたのは、太陽類似星と呼ばれる恒星です。太陽類似星は、質量、表面温度、重元素量などが太陽に近く、互いによく似ているため、星ごとの元素組成のわずかな違いを高い精度で比較できます。これまでの研究では、太陽類似星の元素組成には年齢に応じた系統的な違いがあることが示されており、その違いから、各元素が銀河の中でどのように増えてきたかが議論されてきました。しかし、リンについてはこれまでほとんど測定が行われていませんでした。

研究の内容
研究グループは、年齢がよく求められている46個の太陽類似星をWINERED分光器で観測し、近赤外線スペクトルからリンを含む16元素の含有量を測定しました。リンについては、それぞれは微弱であっても5本の吸収線を組み合わせることで、個々の吸収線だけでは難しい高精度の測定を実現しました(図1)。典型的には、リンの含有量を約10%以内の誤差で見分けられる精度に達しています。

その結果、太陽類似星の年齢とリン含有量との間に明瞭な相関があることを、世界で初めて示しました(図2)。古い星ほど、他の重元素に対するリンの割合が高い傾向が見られます。また、この年齢依存性はマグネシウムなど他の多くの元素よりも大きく、リンが銀河における元素進化の中で独特の履歴をもつこともわかりました。

さらに、太陽類似星の年齢は銀河進化の“時計”であると同時に、“出生地”の手がかりでもあります。天の川銀河では、中心に近い領域ほど星が活発に生まれ、元素合成も速く進んだことがわかっています。一方で、星は誕生後に銀河の中を移動するため、現在は同じ太陽近傍に位置していても、それぞれ異なる場所で生まれた星が混ざっていると考えられます。太陽類似星の中では年齢の古い星ほど銀河の内側で生まれ、その時点でやや多いリンを獲得していたことがわかりました(図3)。急速に星が生まれて重元素合成が速く進んだ環境ほど、相対的に多くのリンを含んでいたことを意味しています。

近年の研究では、太陽系自身も現在の位置ではなく、銀河の内側寄りで生まれ、長い時間をかけて今の場所まで1万光年以上移動してきた可能性が示されています。今回得られた太陽類似星の年齢とリン含有量の関係をもとにすると、46億年前に生まれた太陽は、現在の太陽近傍で生まれる太陽類似星に比べて、より多くのリンを含む環境で誕生したと考えられます。言い換えれば、太陽系は銀河の内側で生まれたことによって、生命の材料となるリン元素について“ボーナス”を受け取っていた、ということです。

今後の展望
本研究は、リンがどのような天体現象でどれだけ作られたのかをただちに決めるものではありませんが、どの理論モデルであっても再現すべき重要な観測事実を新たに与えました。今後、より広い重元素量範囲や、太陽類似星以外の恒星にも対象を広げることで、リンがどの天体現象によって、いつ、どれだけ供給されてきたのかをさらに詳しく調べることができます。また、本研究で整備された高品質の近赤外線スペクトルや較正済み吸収線リストは、今後の近赤外線高分散分光研究の重要な基盤資料にもなります。

研究者コメント
松永 典之(東京大学 大学院理学系研究科 助教、第一著者):
「恒星のリン含有量を測るためには近赤外線の微弱なラインを測る必要があるため、WINERED分光器のもつ高い感度が威力を発揮します。太陽類似星の他にもセファイド変光星など多くの天体でリンの測定を進めており、生命にとって重要なこの元素が宇宙でどのように増えてきたのかを今後も探っていきたいと考えています。」

辻本 拓司(国立天文台 JASMINEプロジェクト 助教、共著者):
「私たちは、古典新星がリンの合成に大きく寄与したというモデルを2024年に提唱しましたが、リンの起源にはいまだ多くの謎が残されています。さまざまな天体における核合成を理解するためには、中性子捕獲元素やレアアース元素など多くの元素の観測値を総合的に再現する理論的研究が欠かせません。今後の観測の進展に期待します。」

大坪 翔悟(京都産業大学 神山天文台 研究員、共著者):
「WINERED分光器は、学生やメーカーの方も含む多くのメンバーで作り上げてきた観測装置です。そんなWINERED分光器が宇宙生命の鍵を握る研究へ貢献することができて大変うれしいです。今後も世界最先端の観測を続け、多くの研究成果に貢献できるよう開発・運用を続けていきます。」

  図1:WINERED分光器で測定したリン吸収線の例
HIP4909とHIP117367という2つの太陽類似星のスペクトル(青線)に観測された2本の吸収線(9796.83Åと10529.52 Å)の様子。1 Å(オングストローム)は0.1ナノメートル。赤い曲線はそれぞれの観測データに合わせて計算した理論スペクトル。年齢が6億年と若いHIP4909よりも年齢57億年のHIP117367の方がリンの吸収線が強い。(作図:松永典之)

図2:太陽類似星の年齢とリン含有率の関係
46個の太陽類似星について、横軸を年齢、縦軸を [P/Fe] としてプロットした散布図。[P/Fe]はリンと鉄の存在比を、太陽の値を基準に対数で表した量です。[P/Fe]=0なら太陽と同じ比、正なら太陽よりリンが相対的に多いこと、負なら少ないことを意味します。銀河の重元素量の進化を調べるときには、このように鉄を基準に各元素の存在比を比較するのが一般的です。年老いた太陽類似星ほどリンの含有率が高いことがわかりました。オレンジ色の星印は、太陽の年齢(46億年)と[P/Fe]=0を示しています。(作図:松永典之)

図3:太陽類似星の出生地と年齢・リン含有量の関係
銀河の内側で生まれて移動してきた年老いた太陽類似星はリンをやや多く含み、太陽の現在位置に近いところで生まれた若い太陽類似星はリンがやや少ないことがわかりました。太陽近傍の太陽類似星を詳しく調べることで、銀河の場所ごとに異なるリンの合成と増加の歴史を読み解くことができます。この図では銀河の中での星の公転運動を無視して、銀河中心からの距離が変化する移動だけを表しています。また、本研究で観測した46個の星は、現在の太陽位置から300光年程度以内(太陽近傍)にあり、図の中では太陽の現在位置を表している白い丸の中に収まっています。
作図:松永典之(ChatGPTを用いて作成)

関連情報

「プレスリリース①意外と単純そうな天の川の金属量勾配――高感度赤外線分光観測で探る天の川円盤最内縁部の化学組成――」(2023/09/08)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10001/

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院理学系研究科 天文学専攻
 松永 典之 助教
国立天文台 JASMINEプロジェクト
 辻本 拓司 助教
東京都立大学 大学院理学研究科 物理学専攻
 谷口 大輔 助教
京都産業大学 神山天文台
 大坪 翔悟 研究員

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal Supplement Series
論文タイト
High-precision Near-infrared Abundances of Solar Analogs in the YJ Bands
著者 Noriyuki Matsunaga, Takuji Tsujimoto, Daisuke Taniguchi, Hiroaki Sameshima, Shogo Otsubo, Tomomi Takeuchi, Yuki Sarugaku, Ilaria Petralia, Scarlet Elgueta, Matilde Coello-Guzman, Kei Fukue, Yuji Ikeda, Hideyo Kawakita, Valentina D’Orazi, Giuseppe Bono
DOI 10.3847/1538-4365/ae5a9d

研究助成

本研究は、NINS Astrobiology Center Program Researchの助成(Grant No. AB0717)および公益財団法人 東レ科学振興会の第64回東レ科学技術研究助成(Grant No. 23-6410)を受けて行われました。

用語解説

注1   太陽類似星
質量や表面温度、元素組成などが太陽に近い恒星です。年齢を比較的精度よく見積もることができ、また星どうしの重元素含有量の違いを高精度で比較できるため、銀河における重元素量の進化を調べるうえで重要な対象です。今回の観測では、300光年程度以内(太陽近傍)にあり、5億年から90億年の幅広い年齢分布をもつ太陽類似星46個をターゲットとしました。 

注2  リン(P)
生命に必須の元素の一つで、DNAやRNA、ATP、細胞膜などを構成します。天文学では、その起源として大質量星や超新星、新星などが候補に挙げられていますが、どの核合成天体がどの程度効いているかはまだ十分にわかっていません。

注3  重力崩壊型超新星などの核合成天体
宇宙にある元素は、ビッグバン直後にできた軽い元素だけではなく、その後に恒星の内部や爆発現象の中で新たに作られてきました。代表的なものとして、大質量星とその最期に起こる重力崩壊型超新星、白色矮星が関わる新星爆発やIa型超新星などがあります。鉄は重力崩壊型超新星とIa型超新星によって同程度合成され、マグネシウムは重力崩壊型によって多く合成されるなど、元素ごとに起源が異なっています。どの元素がどの天体でどれだけ作られるかは、銀河における重元素の起源を理解するうえで重要です。

注4 WINERED(ワインレッド)分光器
東京大学と京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、民間企業との協働で開発した近赤外線高分散分光器です。2022年9月にマゼラン望遠鏡でのファーストライトに成功し、現在、東京大学、京都産業大学、国立天文台などの研究グループが、米カーネギー天文台の研究者らと共同で、半年に一度程度の観測を行っています。