DATE2026.05.11 #Press Releases
酸素極小層から深海まで続くマンガン酸化の実態を解明
セリウム同位体が明らかにする海洋中の新しい物質循環モデル
発表のポイント
- 海水およびマンガンクラスト中のセリウム(Ce)安定同位体比の鉛直分布を初めて明らかにした。
- 酸素極小層(OMZ)内部を含め、深海に至るまで連続的にマンガン酸化物が形成されることを実証した。
- 海洋中のマンガン循環と希土類元素の挙動を統合的に理解する新しいモデルを提案した。
発表内容
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻のLi Wenshuai博士研究員(研究当時、現中国地質大学(武漢)教授)、高橋嘉夫教授(兼:同大学アイソトープ総合センター センター長)、海洋研究開発機構の中田亮一主任研究員、柏原輝彦主任研究員、高知大学海洋コア国際研究所の臼井朗特任教授、東京大学大気海洋研究所の小畑元教授、漢那直也助教(研究当時、現岡山大学准教授)、名古屋大学大学院環境学研究科の淺原良浩准教授、弘前大学被ばく医療総合研究所の田副博文教授、法政大学自然科学センターの田中雅人准教授、公益財団法人高輝度光科学研究センターの河村直己主幹研究員らの研究グループは、北西太平洋において海水およびマンガンクラスト(注1)中のセリウム(Ce)安定同位体比δ142Ce(注2)の鉛直分布(注3) を詳細に解析し、酸素極小層(OMZ; (注4) )から深海に至るまでマンガン(Mn)酸化物の形成が連続的に進行していることを明らかにしました。これまで、海洋におけるMnの酸化は、OMZで溶存したMn²⁺がその下部の酸素に富む層で酸化されることで主に進行すると考えられてきました。しかし、その実態は観測的に十分検証されていませんでした。
本研究では、水深10〜6000 mにわたる海水と、約900〜5500 mで形成されたマンガンクラスト試料についてCe安定同位体比を測定し、海水中ではOMZ内部で軽い同位体に富み、その下層で重い同位体にシフトする特徴的な鉛直分布が存在することを見出しました。これは、クラスト中の同位体比は周囲の海水の値を反映しており、Mn酸化物がその場で形成・沈着したことを示しています。さらに大型放射光施設SPring-8(BL01B1、BL39XU)(注5)と高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設(Photon Factory; BL-9A、BL-12C)(注6)においてCeやMnのX線吸収微細構造(XAFS; (注7))を測定して得た価数や局所構造の情報に基づいて、これら元素が海洋中で受ける反応も推定しました。その結果、Ceが主にマンガン酸化物に酸化吸着される過程で同位体分別が生じることが示唆され、観測されたCe同位体の鉛直分布は、Mnの酸化・沈殿が広い水深範囲で連続的に進行していることを強く示唆します。
これらの結果は、Mn酸化物が特定の深度で生成して沈降するという従来のモデルを見直し、OMZ内部を含む広範な深度での連続的な生成を想定する新しいモデルを支持するものです。本成果は、海洋におけるMnの循環と希土類元素(注8)の挙動の理解を大きく前進させるとともに、海底鉱物資源の形成過程の解明や、過去の海洋環境復元に向けた新たな地球化学トレーサー(注9)としての応用が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
Li Wenshuai 博士研究員(研究当時、現 中国地質大学(武漢)教授)
高橋 嘉夫 教授(兼 東京大学 アイソトープ総合センター センター長)
大気海洋研究所
小畑 元 教授
漢那 直也 助教(研究当時、現 岡山大学環境生命自然科学学域 准教授)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)物質地球科学研究部門
中田 亮一 主任研究員(兼 広島大学大学院先進理工系科学研究科 客員准教授)
柏原 輝彦 主任研究員
高知大学海洋コア国際研究所
臼井 朗 特任教授 (名誉教授)
名古屋大学大学院環境学研究科
淺原 良浩 准教授
弘前大学 被ばく医療総合研究所
田副 博文 教授
法政大学 自然科学センター・文学部 地理学科
田中 雅人 准教授
高輝度光科学研究センター
河村 直己 主幹研究員
東 晃太朗 主幹研究員
論文情報
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雑誌名 Science Advances 論文タイトル Cerium isotopes unveil hydrogenetic Fe-Mn encrustation occurring throughout
from the oxygen minimum zone to the deep Pacific著者 Wenshuai Li, Ryoichi Nakada, Hajime Obata, Naoya Kanna, Inhee Kim, Teruhiko Kashiwabara, Kotaro Higashi, Naomi Kawamura, Yoshihiro Asahara, Hirofumi Tazoe, Masato Tanaka, Akira Usui, Yoshio Takahashi DOI 10.1126/sciadv.aee2813
研究助成
本研究は、中国国家自然科学基金「No. 42573006、No.42550152)」、日本学術振興会「外国人特別研究員 No. P21313」、科研費「特別研究員奨励費 課題番号22F21313、22KF0083」、科研費「課題番号 24H00268、24K21564、24K22346、23H03986、22H00166、22F21313、22KK0166」、米国国立科学財団「助成金番号 OCE-2140395」、科研費「基盤研究(S) 課題番号: 26K21720」科研費「学術変革領域研究(A) 課題番号26H00438」の支援により実施されました。
謝辞
本研究で行った解析は、SPring-8(課題番号:2023A1453, 2023A1455, 2024A1446, 2024A1483, 2024A1484, 2024A1486, 2024B1493, 2024B1496, 2024B1905)と、高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設Photon Factoryのビームラインにおいて、高エネルギー加速器研究機構の承認のもとで実施しました(課題番号:2022G126, 2024G123)。また、本研究は、東京大学大気海洋研究所の研究船共同利用プログラム(学術研究船「白鳳丸」、JURCAOSSH22-02)の支援も受けました。F. Liu氏(成都理工大学)に、Ce標準溶液(CDUT-Ce)をご提供いただいたことに感謝いたします。
用語解説
注1 マンガンクラスト
海底の岩石表面に長い時間をかけて成長する鉄・マンガン酸化物の層。 ↑
注2 安定同位体比(δ142Ce)
同じ元素でも質量数の異なる同位体の比で、起源物質や化学反応の違いを反映する指標。↑
注3 鉛直分布
水深方向に沿った変化の様子。↑
注4 酸素極小層(OMZ)
海水中で酸素濃度が非常に低くなる深度帯。↑
注5 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。↑
注6 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造研究所放射光実験施設(Photon Factory)
茨城県つくば市にある日本の放射光施設。↑
注7 XAFS
X線吸収スペクトルに表れる元素の吸収端付近の微細な構造のことで、対象元素の価数や局所構造の情報が分かる分光法。↑
注8 希土類元素
セリウムを含むランタノイド元素やイットリウムを含む元素群の名称で、環境や物質循環の指標として用いられる。レアアースとも呼ばれる。↑
注9 地球化学トレーサー
物質の起源や移動過程を追跡するための化学的指標。↑

