DATE2026.04.17 #Press Releases
反強磁性体を用いたトンネル磁気抵抗効果の理論予測
ー次世代高密度・超高速磁気メモリの開発に貢献ー
発表のポイント
- ノンコリニア反強磁性体を用いた磁気トンネル接合を理論的に設計し、大きなトンネル磁気抵抗効果が現れることを計算により予測しました。
- 応用上有望なノンコリニア反強磁性材料と、代表的な絶縁材料を用いた、反強磁性トンネル接合の実用化につながる理論予測です。
- 本研究の成果は、高密度・超高速・低消費電力で動作する磁気メモリの開発の設計指針となることが期待されます。

Mn3Sn/MgO/Mn3Sn磁気トンネル接合。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の田中克大特任助教(研究当時)、見波将特任助教(研究当時)、中辻知教授、有田亮太郎教授(兼:理化学研究所創発物性科学研究センター チームディレクター)、JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センターの栂裕太主事、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の野本拓也准教授、東北大学大学院理学研究科物理学専攻の是常隆教授は、第一原理計算(注1) を用いて、ノンコリニア反強磁性体(注2) Mn3Snと酸化マグネシウムを組み合わせた磁気トンネル接合(MTJ)(注3)を設計し、巨大なトンネル磁気抵抗(TMR)効果(注3) が現れることを理論的に予測しました。この成果は、反強磁性トンネル接合デバイスの設計開発の指針となり、将来的に超高速・低消費電力で動作する高密度な不揮発性磁気メモリ(注4) の開発につながることが期待されます。
本研究成果は2026年4月16日に米国物理学会誌Physical Review Materialsに掲載され、注目論文としてEditors' Suggestionに選出されました。
なお、本研究成果は東京大学とJSR株式会社との共同研究、社会連携講座「トポロジカル物質・デバイス創造講座」での研究活動を通して得られたものです。
発表内容
近年、マクロな磁化を持たない磁性体である反強磁性体を用いたスピントロニクス(注5) 技術の研究が発展しています。反強磁性体は漏れ磁場が非常に小さく高集積化に適しており、THz帯での超高速動作が可能であることなど、強磁性体に対して多くの優位性を持っています。そのため、従来の強磁性体に立脚したスピントロニクス技術を反強磁性体で置き換えようとする研究開発が世界的に進められています。
スピントロニクス技術の代表的な応用例の一つに、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)による不揮発的な情報保持があります。MRAMは、磁気トンネル接合(MTJ)に情報を保持しており、トンネル磁気抵抗(TMR)効果を用いてその情報を読み出します。このTMR効果についても、反強磁性体を用いた研究が進展しています。
反強磁性スピントロニクス材料として応用上有望な候補物質の一つに、ノンコリニア反強磁性体Mn3Snがあります。Mn3Snにおいては、電気的書き込み(プレスリリース①、②)や、TMR効果による読み出し(プレスリリース③)が実証されてきました。これらの成果を踏まえ、Mn3Snを用いたMTJの性能を更に向上させ、将来的なMRAM開発へ繋げていくことが求められています。そのためにも理論研究による設計指針の確立が不可欠です。しかし、Mn3Snを用いたTMR効果のこれまでの理論研究は、絶縁層を考慮していなかったり、考慮していても非常に薄い場合に限られていたりと、接合におけるトンネル伝導特性が適切に取り扱われておらず、デバイス開発に繋がり得る設計指針を打ち出す研究が必要とされていました。
本研究では、トンネル接合の絶縁体として用いられる代表的な物質である酸化マグネシウム(MgO)と、マンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる反強磁性合金Mn3Snを組み合わせた磁気トンネル接合を、第一原理計算を用いて理論的に設計しました。そして、設計した接合においてTMR効果を計算したところ、二つのMn3Sn層の持つ磁気モーメントの向きが平行・反平行の状態間でトンネル伝導特性が明確に変化すること、そして接合の性能指数であるTMR比が最大で約1000%にも達する巨大なものとなることを発見しました(図1)。さらに本研究で設計したMTJ構造は、電気的書き込みにも有用な構造となっています。本研究成果は、第一原理計算を用いて電極層のMn3Snと絶縁層のMgOの両者の特性を取り入れた予測であり、反強磁性体を用いた書き込み・読み出し技術への応用展開を見据えた実用的な理論予測です。とくに、JST未来社会創造事業で推進されている、スピントロニクス技術と光電変換技術を融合した次世代デバイス開発において、本研究はその中核となる反強磁性体Mn3Snを用いた情報読み出し技術の開発推進に資する成果です。今後、本研究が反強磁性MTJ開発の設計指針として活用され、次世代磁気メモリ開発研究の加速に貢献することが期待されます。
図1: (a) Mn3Sn/MgO/Mn3Sn磁気トンネル接合(MgO絶縁層:10層の場合)。(b) 本研究により予測されたトンネル磁気抵抗(TMR)比。
左右のMn3Sn電極層の持つ磁気モーメントの向きが平行なときは電気抵抗値が低く、反平行なときは電気抵抗値が高くなります。絶縁層が厚くなるにしたがって、その抵抗変化量は大きくなり、最大で約1000%以上という大きな値をとることがわかります。
〇関連情報:
プレスリリース① 「ワイル粒子を用いた不揮発性メモリ素子の原理検証に成功」(2020/04/21)
プレスリリース② 「反強磁性体における垂直2値状態の電流制御に成功」(2022/07/21)
プレスリリース③ 「室温で駆動する新しい量子トンネル磁気抵抗効果の発見」(2023/01/19)
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻
田中 克大 特任助教(研究当時)
現:富山大学学術研究部都市デザイン学系 助教
兼:東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 客員共同研究員
見波 将 特任助教(研究当時)
現:京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻 助教
中辻 知 教授
兼:東京大学物性研究所 特任教授
東京大学トランススケール量子科学国際連携研究機構 機構長
ジョンズホプキンス大学 Research Professor
有田 亮太郎 教授
兼:理化学研究所創発物性科学研究センター チームディレクター
JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センター
栂 裕太 主事
兼:東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 客員共同研究員
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻
野本 拓也 准教授
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
是常 隆 教授
論文情報
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雑誌名 Physical Review Materials 論文タイトル Ab initio study of magnetoresistance effect in Mn3Sn/MgO/Mn3Sn antiferromagnetic tunnel junction著者 Katsuhiro Tanaka, Yuta Toga, Susumu Minami, Satoru Nakatsuji, Takuya Nomoto, Takashi Koretsune, and Ryotaro Arita DOI 10.1103/xt7z-sf3x
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 大規模プロジェクト型「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」(課題番号:JPMJMI20A1)、同 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「トポロジカル物質に基づく革新的量子エレクトロニクスの創成」(課題番号:JPMJAP2317)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST「第三の磁性体「Altermagnet」の物質設計と機能開拓」(課題番号:JPMJCR23O4)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費 助成事業(課題番号:JP21H04437, JP21H04990, JP22H00290, JP23H04869, JP24K00581, JP25K17935, JP25K21684, JP25H00420, JP25H01252)、理化学研究所最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業の支援により実施されました。
用語解説
注1 第一原理計算
物質の性質を量子力学の基本原理に基づいて計算する方法です。第一原理計算では、実験データや経験的に決まるパラメータを用いず、原子の種類と位置の情報のみから直接的に物質の電子状態や物性を予測するため、物質の個性を取り入れた高精度な予測が可能となります。 ↑
注2 反強磁性体、ノンコリニア反強磁性体
磁性体中の磁気モーメントが互いに打ち消し合うことで、磁化が全体としてゼロとなる磁性体を反強磁性体と呼びます。反強磁性体のなかでもとくに、磁気モーメントが平行に並んでいないものをノンコリニア反強磁性体と呼びます。↑
注3 磁気トンネル接合(MTJ)、トンネル磁気抵抗(TMR)効果
二つの磁性金属層と、その間に絶縁体薄膜層を挟んで接合した多層膜系を磁気トンネル接合(MTJ)と呼びます。磁気トンネル接合では、量子力学的なトンネル効果によって電流が流れますが、二つの磁性金属層の持つ磁気モーメントの相対的な向きが平行な状態と反平行な状態とで電気抵抗値が変化することがあり、これをトンネル磁気抵抗(TMR)効果と呼びます。MTJ、およびTMR効果の評価指標として、その二つの状態間での電気抵抗比で表される、TMR比があります。二つの磁性金属層の持つ磁気モーメントが平行・反平行な場合におけるMTJの抵抗値をそれぞれRP、RAPとしたとき、TMR比は (RAP-RP)/RP × 100 [%]で与えられます。このTMR比が高いほど、情報読み出しの感度が高くなり、より優れた磁気メモリとして動作するようになります。↑
注4 不揮発性磁気メモリ
電流を流していない状態でも情報が保持される磁気メモリのことです。磁気トンネル接合を用い、磁気モーメントの相対的な向きの変化に応じた抵抗値の変化を利用して、情報の書き込み・保持・読み出しを行います。 ↑
注5 スピントロニクス
物質中の電子が持つ電荷の自由度と、スピン(電子の自転運動に起因した小さな磁石)の自由度の両者を利用する研究分野です。 ↑

