DATE2026.02.27 #Press Releases
129億年前の銀河にフッ素はなかった
ーウォルフ・ライエ星がフッ素を生成・供給するという従来説に見直しを迫るー
発表のポイント
- 約129億年前の銀河をアルマ望遠鏡で観測し、これまでで最も初期の宇宙におけるフッ素の存在量に観測的な上限を与えました。
- 最適な観測対象となる銀河を選定し、精度の高い理論モデルと比較することで、フッ素の起源について信頼性高く検証しました。
- ウォルフ・ライエ星と呼ばれる大質量星が、宇宙初期にフッ素を大量に生成および供給していたとする従来の説とは整合しないことがわかりました。

観測されたフッ素の存在量と理論モデルの比較
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の辻田旭慶大学院生とハートフォードシャー大学の小林千晶教授らによる研究グループは、アルマ望遠鏡(注1) を用いて宇宙初期の銀河を観測し、フッ素の生成起源に新たな制約を与えました。フッ素はどの天体起源かはっきりしていない数少ない元素で、特にウォルフ・ライエ星(注2 , 以降WR星)と呼ばれる大質量星の寄与が、銀河系内の星の観測に基づいて長年議論されてきました。本研究では、WR星の寄与を検証するために最適な宇宙初期の銀河を選定し、フッ素の信号を探索しました。深い観測を行った結果有意な信号は検出されず、これまでで最も初期の宇宙において、フッ素存在量の厳しい上限値を与えました。この観測結果を、銀河の性質に合わせて構築した信頼性の高い理論モデルと比較することで、従来の説とは異なり、WR星が宇宙初期におけるフッ素合成の主要な起源ではない可能性を示しました。本成果は、フッ素の起源やWR星内部の物理状態の理解を新しい観点から深める重要な手がかりになると期待されます。
発表内容
私たちの身の回りにある元素の多くは、星の内部で作られています。ビッグバンで作られたのは主に水素とヘリウムだけで、それ以外の元素は星の核融合反応や超新星爆発によって作られます。その中でフッ素は、歯磨き粉などに含まれる身近な元素ですが、宇宙のどの天体で作られているのか、いまだにはっきりしていません。理論的には、太陽程度の質量を持つ星が最期に迎える段階である漸近巨星分枝星(注3 , AGB星)、大質量星が進化の最終段階に達した姿で、強い恒星風を吹き出しているWR星、そして大質量星の最期の爆発である重力崩壊型超新星(注4) の3つが考えられています。現在の宇宙ではAGB星がフッ素の主要な供給源であることが分かっていますが、大質量星の寄与、特にWR星については、星内部の物理状態や星の回転などの影響を強く受けるため理論的な予測に大きな不定性があり、その寄与の大きさははっきりしていません(図1)。

図1:フッ素の起源と考えられている3つの天体種族とその出現時期の違い。
観測的に起源を調べるため、天の川銀河にある星のスペクトルの吸収線観測から、含まれるフッ素量を測定する研究が行われてきました。その結果、現在の宇宙ではAGB星がフッ素の主な供給源であることが分かっています。AGB星は寿命の長い星の最終段階に現れるため、出現までに時間がかかります。従って、宇宙初期に形成された非常に古い星に含まれるフッ素を測定できれば、WR星や重力崩壊型超新星といった寿命の短い大質量星のみの寄与を調べることができます。しかし、そのような星ではフッ素の量が極めて少なく観測が難しいため、これまで数えるほどしか観測例がなく、有意な結論は得られていませんでした。
大質量星による寄与を調べるもう一つの方法は、出現まで時間のかかるAGB星がまだほとんど存在しない宇宙初期を観測することです。この時代にフッ素が見つかれば、寿命の短い大質量星によって作られたはずです。近年の先行研究で、約124億年前の銀河からフッ素を含む分子(フッ化水素)の吸収線が検出され、その観測量を説明するためには、WR星がフッ素生成に寄与している可能性が高いと解釈されました。しかし、その銀河は性質が十分に分かっていなかったため、WR星の寄与を必要とせずに、重力崩壊型超新星だけで観測量を説明できる可能性も残されていました。
そこで今回研究チームは、WR星の寄与をより精度高く検証するため、観測対象を慎重に選定し、129億年前の活発な星形成銀河G09.83808(関連情報参照)に着目しました。この天体は銀河の進化段階がすでに詳しく分かっている、この種の銀河としては極めて稀な天体です。そのため、この銀河の性質に即した理論予測を行い、観測結果と比べることで、WR星がどの程度フッ素を供給しているのかを精度良く検証できます。さらに、この銀河は強い重力レンズ効果(注5) の恩恵を受け明るく見えており、通常の約1/70の時間で効率良く観測することが可能です。
アルマ望遠鏡による深い観測の結果、フッ化水素の有意な信号は検出されず(図2)、これまでで最も遠方の宇宙におけるフッ素存在量の厳しい上限値を与えました。一方、理論予測によると、もしWR星がフッ素合成の主要な起源であるなら、今回の観測でフッ化水素が検出されるはずでした。しかし実際には非検出だったことから、この銀河においては、WR星がフッ素合成の主要な供給源ではないと示唆されました(見出し図)。これは、宇宙初期においてWR星がフッ素を効率良く供給していたとする従来の考えを見直す必要があることを示しています。

図2:アルマ望遠鏡による観測結果。
(上)各輝線の空間分布。一酸化炭素と水の信号ははっきり検出され、重力レンズ効果によって銀河の像が2つに分かれて見えています。一方、フッ化水素(フッ素を含む分子)の信号は検出されませんでした。(下)それぞれの分子のスペクトル。一酸化炭素と水では明瞭な輝線が見えますが、フッ化水素の吸収線は非検出です。
今後、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(注6) も合わせて用いて、本研究同様に性質がよく分かっている遠方銀河の観測例を増やしていくことで、フッ素の起源やウォルフ・ライエ星内部の物理状態の理解がさらに進むものと期待されます。
関連情報
「国立天文台プレスリリース①アルマ望遠鏡、129億年前の銀河から窒素と酸素の電波をとらえる」(2022/03/02)
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 天文学専攻
辻田 旭慶 博士課程
大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター
吉村 勇紀 博士課程
河野 孝太郎 教授
江草 芙実 准教授
諸隈 佳菜 助教
University of Hertfordshire Department of Physics, Astronomy and Mathematics
小林 千晶 教授
北海学園大学
工学部
但木 謙一 教授
大阪電気通信大学
共通教育機構 数理科学教育研究センター
前田 郁弥 講師
名古屋大学
大学院理学研究科
梅畑 豪紀 特任助教
黄 爍 研究員
田村 陽一 教授
国立天文台
廿日出 文洋 准教授
筑波大学 数理物質系
西村 優里 助教
論文情報
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雑誌名 The Astrophysical Journal Letters 論文タイトル Upper limit on HF(1–0) absorption in a dusty star-forming galaxy at z = 6: Constraints on early fluorine enrichment著者 Akiyoshi Tsujita*, Chiaki Kobayashi, Yuki Yoshimura, Kotaro Kohno, Ken-ichi Tadaki, Fumiya Maeda, Hideki Umehata, Shuo Huang, Bunyo Hatsukade, Fumi Egusa, Kana Morokuma-Matsui, Yoichi Tamura, Yuri Nishimura(*責任著者) DOI 10.3847/2041-8213/ae36a2
研究助成
本研究は、科研費「日本学術振興会 科研費(課題番号:JP24KJ0562, JP22H04939, JP23K20035, JP24H00004, JP23K13142, JP23K13140)」、「変革を駆動する先端物理・数学プログラム(FoPM)、東京大学国際卓越大学院教育プログラム(WINGS)」、「UK Science and Technology Facilities Council(課題番号:ST/Y001443/1)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 アルマ望遠鏡(ALMA)
南米チリ・アタカマ砂漠の標高約5000 mに国際協力で建設された、世界最高性能を誇る電波望遠鏡群です。多数のアンテナを連携させて観測することで、宇宙の冷たいガスや塵からの微弱な電波を高い解像度で捉えることができます。↑
注2 ウォルフ・ライエ星(WR星)
太陽の数十倍の質量を持つ大質量星の進化末期の段階で、強い恒星風によって表面のガスを激しく宇宙空間へ放出する高温の星です。寿命は数百万年程と短く宇宙初期から存在しています。フッ素の生成にどの程度寄与しているのかはよくわかっていません。↑
注3 漸近巨星分枝星(AGB星)
太陽程度の質量をもつ星が一生の終盤に達した段階で、内部で作られた元素を恒星風として宇宙空間に放出します。現在の宇宙ではフッ素の主な供給源であると観測的に確認されています。ただし、出現まで約十〜百億年と長い時間がかかるため、宇宙初期にはほとんど存在しません。↑
注4 重力崩壊型超新星
太陽の約8倍以上の質量をもつ大質量星が寿命の最後に起こす大爆発で、この時星内部の重元素を宇宙空間へ放出します。大質量星の寿命は数百〜千万年と短いので宇宙初期から存在しますが、フッ素をどの程度作るか観測的にはっきりしていません。↑
注5 強い重力レンズ効果
観測者から見て2つの天体がほぼ一直線上に並ぶ時、手前の天体の重力によって奥の天体からの光が曲げられる現象です。光が集められて奥の天体は本来より明るく、拡大されて見えます。いわば自然の望遠鏡のように働き、非常に遠い天体からの微弱な信号が観測しやすくなります。↑
注6 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
2021年に打ち上げられたNASAの赤外線宇宙望遠鏡です。圧倒的な感度と解像度を持ち、遠方銀河からの微弱な光も精度高く捉え、銀河の詳しい性質を調べることができます。↑

