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Press Releases

DATE2026.03.19 #Press Releases

光誘起相転移の“ゆりかご”を発見!

ー世界初の超高速X線吸収分光とX線回折分光の超高速同時モニタリングー

発表のポイント

  • X線自由電子レーザーを用い、光照射下でX線吸収分光とX線回折分光を、同時に超高速モニタリングを行うシステムを構築し、世界で初めて実証実験を行いました。
  • ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーの光誘起電荷移動相転移において、光照射後わずか50フェムト秒(fs)で逆ヤーン・テラー歪みが起こり、190フェムト秒で電荷移動が起こった後、2.1ピコ秒(ps)で移動した電荷と格子の局所的な歪みである電荷移動ポーラロンが発生することを明らかにしました。
  • 本成果は、光による局所的な構造歪みである電荷移動ポーラロンが、“相転移のゆりかご”として結晶全体の相転移を自己増幅的に誘起することを明らかにし、光で機能を制御する次世代メモリ・フォトニックデバイス材料設計に重要な指針を与えるものです。


光誘起で引き起こされる歪みが結晶全体を伝搬する様子の模式図


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授、レンヌ大学のエリック・コレット教授とマルコ・カンマラータ研究員、筑波大学数理物質系の所裕子教授らからなるフランスCNRS国際共同研究所DYNACOM(Dynamical Control of Materials)(注1) の研究チームは、米国SLAC国立加速器研究所および欧州放射光施設と連携して、X線自由電子レーザー(注2) を用い、光照射下でX線吸収およびX線回折の超高速同時モニタリングを行うシステムを世界で初めて開発しました。実験に用いたルビジウム-マンガン-鉄プルシアンブルー RbMn[Fe(CN)6](注3) の一種であるRb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2Oの光誘起電荷移動相転移は、室温において光照射により電子が金属イオン間を移動し、磁性や色が不可逆的に変化することが知られています。開発した測定システムにより、光照射後わずか50 フェムト秒でMn3+の逆ヤーン・テラー歪みが起こり、190フェムト秒でFe2+からMn3+への電荷移動が生じた後、2.1ピコ秒で電荷移動ポーラロン(注4) が発生することを突き止めました。この“ゆりかご”ともいうべき電荷移動ポーラロンが、結晶内に内部圧力を与えて連鎖的に電子移動を引き起こし、最終的に結晶全体を相転移させるという一連のプロセスがわかりました。光励起という量子力学的過程から相転移に至る一連の流れが、時間軸に沿って初めて明らかにされました。本成果は、光による物性制御の根本原理を理解する上で重要な知見を与えるとともに、光書き込み型メモリ、光スイッチングデバイス、フォトニック・量子デバイスなどへの応用に向けた材料設計指針の確立に大きく貢献すると期待されます。

発表内容

光は、物質の色、磁性、電気伝導性などの物性を、1兆分の1秒以下の極めて短い時間スケールで制御できる強力な外部刺激であり、次世代の光デバイスや量子機能材料の基盤技術として注目されています。特に、光照射をきっかけとして物質全体の状態が切り替わる「光誘起相転移」は、光メモリや光スイッチング素子などへの応用が期待される重要な現象です。しかし、光によって生じる量子力学的な電子励起が、どのようにして結晶構造の変化や熱力学的な相転移へと発展するのか、フェムト秒オーダーからの詳細なメカニズムはこれまで明らかになっていませんでした。これは、電子・原子レベルの超高速現象と、結晶全体の協奏的な構造変化が、時間・空間の両面で多段階にわたって進行するのを単一の実験手法で同時に捉えることが極めて困難であったことに起因します。

今回、大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科)、エリック・コレット教授(レンヌ大学)、マルコ・カンマラータ研究員(レンヌ大学)、所裕子教授(筑波大学数理物質系)等のCNRS国際共同研究所DYNACOM(大越慎一ディレクター、エリック・コレット副ディレクター)の研究チームは、スタンフォード大学の超短波長X線パルスを生成するレーザーを活用し、光照射下でX線吸収分光とX線回折をフェムト秒分解能で同時モニタリングする手法を世界で初めて確立しました(図1)。本研究では、光応答性材料として知られ、電子状態の変化に伴って大きな体積変化と対称性変化を示すルビジウム-マンガン-コバルト鉄プルシアンブルー RbMn[Fe(CN)6]の一種であるRb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2Oに着目し、光誘起相転移に至る全過程を直接観測することに成功しました。

実験の結果、光照射後わずか50フェムト秒でMn3+イオンの電子準位が変化し、縦長のヤーン・テラー歪み(正ヤーン・テラー(注5) )から扁平なヤーン・テラー歪み(逆ヤーン・テラー(注5) )へと反転することが明らかになりました。続いて、190フェムト秒でFe2+イオンからMn3+イオンへと電子が流れ込み、–Mn3+–N≡C–Fe2+– から –Mn2+–N≡C–Fe3+– という電荷状態へと変化します。この –Mn2+–N≡C– Fe3+– は、2.1ピコ秒で、局所的な電子と格子の結合状態である「電荷移動ポーラロン」を形成することが明らかになりました(図2)。この電荷移動ポーラロンこそが光誘起相転移の“ゆりかご”といえます。電荷移動ポーラロンが、結晶格子に大きな歪みを与え、すなわち内部圧力を生み出し、数十ピコ秒の時間スケールで電荷移動相の成長を引き起こすことが分かりました(図3)。この歪みが協奏的に伝播することで電荷移動が次々に起こって相転移が自己増幅的に進行し、最終的には結晶全体が新たな相へと移行することが明かされました。

本研究は、超高速の光誘起相転移が単一の瞬間的な現象ではなく、電子励起、局所構造変化、弾性歪み、相の核生成と成長が段階的かつ協奏的に進行するダイナミクスを、時間軸に沿って全て明らかにした初めての例です。特に、光によって生成されるゆりかごというべき存在の電荷移動ポーラロンが、内部圧力源として機能し、結晶全体の相転移を駆動するという新しい概念は、これまで未解明であり、光誘起相転移現象の根本原理を理解する上で重要な知見です。

本成果は、光書き込み型メモリ、光スイッチングデバイス、フォトニック・量子デバイスなどへの応用に向けた材料設計指針の確立に大きく貢献すると期待されます。また、さまざまな光機能性材料へ研究を展開することで、「光で物質を自在に操る」技術の実現が一層加速すると考えられます。

本研究成果は、日本時間2026年3月19日(木)19時にNature Materials(ネイチャー・マテリアルズ)のオンライン版で公開されました。


図1:ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー(Rb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2O)における二安定性領域での光誘起相転移
(a) Mn3+-Fe2+相(LT相)およびMn2+-Fe3+相(HT相)(注6) における電子配置と結晶構造。(b) サンプルフローを用いた時間分解X線吸収分光/X線回折の複合測定系。(c) Mn K吸収端(注7) におけるLT相およびHT相の分解X線吸収分光スペクトル、ならびに(d) X線回折パターン。(e) 560 nm(10.0 mJ cm-2)での光励起後、異なる時間遅延における時間分解X線吸収分光スペクトル。(f) 光励起後の時間分解X線回折パターン(カラースケール、16.8 mJ cm-2)と、初期状態の回折パターン(黒線)。(e)および(f)には、参照用のHT相のX線吸収分光スペクトルおよびX線回折パターンを淡赤色で示している。

図2:電荷移動ポーラロンが超高速で安定化される過程
(a) 光照射によってマンガン原子内の電子状態が変化する様子を示す計算結果。1.9 eV付近に、Mn(d) → Mn(dx²−y²) 遷移が現れる。(b) Mn3+イオンの周囲構造が、光励起によって縦に伸びた形(正ヤーン・テラー)から扁平に縮んだ形(逆ヤーン・テラー)へと変化し、その後、電荷移動によって安定なMn2+状態に移行する過程の模式図。(c) 光照射直後の極めて短い時間領域におけるX線吸収信号の変化。(d) 電子状態の異なるMn成分に対応したX線吸収信号の時間変化。挿入図は、時間の経過に伴う電子配置の変化を示している。(e) 光の強さを変えたときの、Mnの電子状態変化の時間応答。(f) 光照射後に生じる結晶の歪み量の時間変化。実線は解析による近似曲線を示す。

 図3:Rb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2Oにおける光誘起相転移のマルチスケール機構の模式図
(a) 低温相の結晶では、光照射によってまず局所構造が変形し、Mn周りの配位形態が扁平になる構造変化(逆ヤーン・テラー歪み)が起こる。これに伴い、Fe2+からMn3+への電荷移動が局所的に生じる。(b) その結果、電荷と格子歪みが一体となった微視的な状態(電荷移動ポーラロン)が形成され、周囲の結晶構造と相互作用しながら安定化し、さらなる電荷移動を促進する。(c) 次に、新しい結晶相が局所的に生まれて成長することで、結晶内部の歪みが次第に増大する。(d) その後、結晶全体が膨張することで蓄積された歪みが解放され、(e) 最終的には、結晶全体がそろった新しい安定状態へと到達する。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科 化学専攻
     大越 慎一 教授
   兼:フランスCNRS国際共同研究所DYNACOMディレクター
   兼:東京大学低温科学研究センター 教授

筑波大学
 数理物質系 物質工学域
     所 裕子 教授
   兼:フランスCNRS国際共同研究所DYNACOM

レンヌ大学
 Institut de physique de Rennes
     エリック・コレット 教授
   兼:フランスCNRS国際共同研究所DYNACOM副ディレクター
     マルコ・カンマラータ 研究員
   兼:フランスCNRS国際共同研究所DYNACOM

論文情報

雑誌名 Nature Materials
論文タイトル
Multiscale phase nucleation driven by photoinduced polarons in a volume-changing material
著者 Marius Hervé*, Gaël Privault, Serhane Zerdane, Shintaro Akagi, Leland B. Gee, Ryan D. Ribson, Matthieu Chollet, Shin-ichi Ohkoshi, Hiroko Tokoro, Marco Cammarata, Eric Collet* (*責任著者)
DOI 10.1038/s41563-026-02521-w

研究助成

本研究は、科研費「基盤A(課題番号:25H00866)」「基盤B(課題番号:22H02046)」、JST「先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)(課題番号:JPMJAN23A2)」「創発支援事業(課題番号:JPMJFR213Q)」「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0118068681)」、フランスCNRS国際共同研究所 IRL DYNACOMの支援により実施されました。

用語解説

注1  フランスCNRS国際共同研究所DYNACOM(Dynamical Control of Materials)
フランス国立科学研究センター(CNRS)、東京大学、レンヌ大学により2022年から始まった光相転移現象の高速時間ダイナミクスを研究する国際機関。欧州放射光施設やスイスX線自由電子レーザー施設などと連携して研究を展開している。本研究では米国SLAC国立加速器研究所および欧州放射光施設と連携して研究を実施した。

注2  X線自由電子レーザー
電子ビームを高速で加速することで発生させる、超高輝度・超短パルスのX線光源。原子・分子スケールの構造や超高速現象を高精度に観測することが可能で、物質科学、物理、化学、生命科学など幅広い分野で利用されている。

注3  ルビジウム-マンガン-鉄プルシアンブルー RbMn[Fe(CN)6]
2002年に大越らによって初めて報告された化合物であるルビジウム-マンガン-鉄プルシアンブルー RbMn[Fe(CN)6] は、プルシアンブルーと呼ばれるシアノ架橋型金属錯体の一種で、温度、光、熱、圧力などさまざまな刺激で相転移を示す物質として注目されている[S. Ohkoshi, et al., J. Phys. Chem., 106, 2423 (2002), H. Tokoro, et al., Inorg. Chem., 43, 5231 (2004)]。本研究ではマンガン(Mn)の一部をコバルト(Co)で置換した物質Rb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2O を用いた。

注4  電荷移動ポーラロン
電子移動に伴って発生した電荷移動状態とその周囲の局所的な格子歪みが一体となって振る舞う準粒子状態。

注5  正ヤーン・テラー歪みと逆ヤーン・テラー歪み
電子状態の縮退を解消するために生じる局所構造歪みで、Mnイオンは代表的にヤーン・テラー歪みを示すことが知られている。正八面体型の配位構造を基準とすると、ヤーン・テラー歪みでは縦長に伸長した八面体になり、逆ヤーン・テラー歪みでは扁平につぶれたような八面体構造をとる。

注6  Mn3+-Fe2+相(LT相)およびMn2+-Fe3+相(HT相)
Rb0.94Mn0.94Co0.06[Fe(CN)6]0.98∙0.2H2Oは、低温において正方晶の結晶構造で–Mn3+–N≡C–Fe2+– という電荷状態をとるが、温度を上げると電荷移動型相転移により、立方晶の結晶構造で–Mn2+–N≡C–Fe3+–という電荷状態をとる。それぞれの状態をMn3+-Fe2+相(LT相)とMn2+-Fe3+相(HT相)と呼ぶ。

注7  Mn K吸収端
Mn原子の内殻電子(K殻)がX線を吸収して励起されるエネルギー位置で、X線吸収分光において、Mnの電子状態や価数変化を敏感に調べるのに用いられる。