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Press Releases

DATE2025.11.14 #Press Releases

細胞内の構造と微粒子の動きを同時観察する顕微鏡を開発

ー前後方向の散乱光を同時にとらえる“双方向定量散乱顕微鏡”ー

発表のポイント

  • 細胞の大きな構造に敏感な「前方散乱光」と、ナノスケールの微粒子に敏感な「後方散乱光」を、1つの検出系で同時に定量できる「双方向定量散乱顕微鏡」を開発しました。
  • l  前方散乱光のみを計測する従来法に対し、約14倍広い信号検出範囲を実現し、細胞内の大きな構造と微粒子の動態を同時に可視化することに成功しました。前方・後方散乱光強度の比較から、微粒子の屈折率と粒径を定量的に求められることも実証しました。
  • 高速に取得した動画を周波数解析することで、細胞死の過程における細胞内構造や微粒子の動きの活性度を定量できることを示しました。今後、細胞内の流動性を調べる新しい計測法としての応用が期待されます。


双方向定量散乱顕微鏡の概念図


発表概要

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻および附属フォトンサイエンス研究機構の堀江紘己大学院生、戸田圭一郎特任助教、中村卓磨特任助教(研究当時)と井手口拓郎准教授らの研究グループは、前方散乱光と後方散乱光を同時に定量する「双方向定量散乱顕微鏡」を開発しました。この顕微鏡により、前方散乱のみを検出する従来法に対して約14倍広い強度範囲の散乱信号を検出できるようになり、細胞内の大きな構造から100 nm程度の微粒子まで、幅広いスケールで可視化が可能になりました。また、両方向の散乱強度の差を解析することで、細胞内微粒子の屈折率と粒径を定量できることを実証しました。さらに、細胞死の過程で細胞内の構造や微粒子の動きの活性度が時間変化する様子を観測しました。本成果は、細胞内の構造と微粒子の動態の関係を明らかにする新たな手がかりとなり、定量位相顕微鏡や干渉散乱顕微鏡といった既存のラベルフリー顕微鏡の応用範囲を広げるものです。

発表内容

ラベルフリー顕微鏡として広く用いられる定量位相顕微鏡(Quantitative Phase Microscopy, QPM)は、試料の屈折率分布に起因する前方散乱光を計測することで、細胞の乾燥質量分布(注1)小器官などの構造を可視化できる手法です。しかし、光の量子的なゆらぎ(光量子雑音(注2))により感度に限界があり、高速に動く微粒子の検出は難しいとされています。一方、干渉散乱顕微鏡(Interferometric Scattering Microscopy, iSCAT)は後方散乱光を利用して微粒子を高感度に捉えられるものの、細胞全体の構造を包括的に計測することは困難です。両者を同時に計測できれば、大きな構造と小さな粒子の動態を一度に捉えることが可能となり、細胞の多階層的なダイナミクスの理解につながります(図1a)。

本研究では、対向する照明光と共通の検出系を用い、前方散乱光と後方散乱光を同時に定量する顕微鏡を開発しました(図1b)。オフアクシスデジタルホログラフィ(注3)による空間周波数多重化技術(注4)を用いることで、一枚の画像から前方散乱光と後方散乱光を分離し、それぞれを定量的に画像化することに成功しました(図1c)。


図1:双方向定量散乱顕微鏡の原理
a 散乱体の大きさに対する前方散乱光および後方散乱光の強度と、それぞれの検出可能範囲。b双方向定量散乱顕微鏡の光学系概略図。c 1枚の計測画像から前方・後方散乱画像を再構成する空間周波数多重化の解析例。周波数空間上で分離された成分を個別に解析することで、前方散乱光および後方散乱光の定量画像を算出できる。

生きた細胞の観察では、前方散乱画像が小器官などの大きな構造を明瞭に示す一方、後方散乱画像では前方散乱では検出できなかった微粒子の情報を捉えることができました(図2a)。双方向の散乱光を捉えることで、前方散乱光の計測のみの場合に比べて検出信号範囲が約14倍拡大しました。さらに、前方・後方散乱強度の差を解析することで、微小脂質滴と考えられる100 nm程度の細胞内微粒子の屈折率と粒径を定量することに成功しました。本手法は静止画(スナップショット)の観察に加え、細胞内の構造や微粒子の時間変化(揺らぎ)を可視化することにも強みを持ちます(図2b)。この特性を用いることで、細胞死の過程で粒子の動きの活性度が時間変化する様子を定量できることも示しました。

図2:双方向定量散乱顕微鏡による細胞計測
a 上:前方散乱振幅画像および後方散乱振幅画像(静止画)。下:上図の緑枠で示した領域における細胞内微粒子の拡大画像。b 散乱振幅画像の時間変化を解析して算出した、細胞内の特定周波数帯域(1–10 Hz)における揺らぎマップ。

 

関連情報

「細胞内生体分子の熱泳動の可視化に成功––細胞内流動性と生命現象の関連に迫る新たな計測法を開発––」(2025/8/20)

「世界最高速の単一細胞中赤外顕微イメージングを実現 ––非標識で細胞内分子動態のリアルタイムビデオ撮影が可能に––」(2023/07/19)

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:堀江紘己 博士課程

大学院理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構:戸田圭一郎 特任助教、中村卓磨 特任助教(研究当時)、井手口拓郎 准教授

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル
Bidirectional quantitative scattering microscopy
著者 Kohki Horie, Keiichiro Toda, Takuma Nakamura, and Takuro Ideguchi*(*:責任著者)
DOI番号 10.1038/s41467-025-65570-w

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:23H00273)」、科研費「学術変革領域研究(B)(課題番号:25H01386)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR236C)、精密測定技術振興財団、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Prgram、理研TRIPイニシアティブの支援により実施されました。

用語解説

注1  乾燥質量分布
細胞内の水を除いた成分(タンパク質・脂質など)の質量を、空間的な分布として表したもの。細胞の成長や代謝状態を調べる指標となる。

注2  光量子雑音
光を粒(光子)として扱ったときに、統計的なゆらぎによって必然的に生じる測定ノイズ。感度の限界を決める要因のひとつ。

注3  オフアクシスデジタルホログラフィ
参照光と試料からの散乱光を干渉させ、その干渉パターンをイメージセンサで記録する方法。得られたデータを計算処理することで、試料内部の屈折率分布に由来する光の位相遅れを可視化できる。

注4  空間周波数多重化技術
1枚の計測画像に複数の干渉パターンを重ねて記録し、フーリエ変換によって周波数空間上で分離する技術。これにより、異なる情報を持つ成分を同時に取得し、計算的に再構成することができる。