DATE2025.07.24 #Press Releases
中性子星に現れる極限状態のクロスオーバー
—— 物性理論による挑戦 ——
発表のポイント
- 超高密度な天体である中性子星の内部で発現が期待されるハドロン物質からクォーク物質へと連続的に変化する「ハドロン-クォーククロスオーバー」現象に対し、そのしくみを説明する理論の構築に成功した。
- 物性物理学で培われてきたクロスオーバー現象の理論を高密度物質の有効模型に適用することで、ハドロン-クォーククロスオーバーの特徴である「音速の増大」が、物質中のハドロンの形成と解離が絶え間なく繰り返される過程により生じることを明らかにした。
- 本研究成果は高密度物質に対して物性物理学の理論手法の有用性を示したものであり、中性子星内部構造の解明ならびに極限状態の物質研究の分野横断的進展への貢献が期待される。

高密度物質中のハドロン-クォーククロスオーバーの模式図
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の田島裕之助教とリアン・ハオジャオ准教授、高知大学の飯田圭教授(研究当時、現:放送大学 教授)、高エネルギー加速器研究機構の古城徹准教授らによる研究グループは、図1に示すように中性子星などの高密度天体(注1) 内部で期待されるハドロン物質からクォーク物質への連続的な変化であるハドロン-クォーククロスオーバー(注2)のしくみを説明する理論構築に成功しました。
中性子星の観測データから、天体内部でのクォーク物質の存在可能性が徐々に明らかになりつつありますが、星の最深部でどのようにハドロン物質がクォーク物質に変化しているかは未解明でした。本研究では「BEC-BCSクロスオーバー」(注3)呼ばれる物性現象をヒントにし、この課題にアプローチしました。物性系(注4) で観測できるBEC-BCSクロスオーバーを正確に説明できる理論を応用することで、音速の増大とハドロン形成・解離過程の関係を統一的に説明する理論の構築に成功し、極限状態の物理現象に対する深い理解に迫ることができました。本研究成果は、分野を超えた多体問題の理解に大きく貢献するものといえます。さらに、場の量子論(注5)に基づいた本研究は、先行研究と比べて高い汎用性を有しており、今後の高密度天体研究に役立つことが期待されます。
図1:密度変化によるハドロン-クォーククロスオーバーとBEC-BCSクロスオーバーの比較
上部に示すハドロン-クォーククロスオーバーのシナリオでは、3色のクォークからなるハドロンの物質は密度が上昇するに従いクォーク物質へと連続的に移り変わる。クロスオーバー領域はハドロンの形成と解離が絶え間なく繰り返されていると考えられている。下部に示すBEC-BCSクロスオーバーの例では、2色で示される2種のフェルミ粒子が2体分子のBEC状態を形成し、密度が上昇すると分子が互いに重なり合い始めBCS状態へと連続的に移り変わる。
発表内容
我々の身の回りにある物質は原子から成り、その中心の原子核を構成する陽子・中性子は、素粒子であるクォーク3つでできています。陽子や中性子のように、クォーク3つから成る複合粒子をバリオンといい、クォークと反クォークの2つから成る中間子と合わせてハドロンと呼びます。ハドロン間の距離が十分離れているときは、クォークはハドロンの中に隠れています。大量のハドロンが集まった物質を「ハドロン物質」と呼びます。ハドロン物質を極限まで圧縮すると、互いに重なり合ってハドロン同士の境界が曖昧になり、やがてクォークが自由に動けるような特殊な物質、「クォーク物質」に変化していくと考えられています。中性子星と呼ばれる高密度天体の観測データから、その中心部にクォーク物質が実在すると考えられていますが、星の最深部でどのようにハドロン物質がクォーク物質に変化しているかは未解明でした。
この問題を解決するシナリオとして、相転移を伴わずに連続的に移り変わるハドロン-クォーククロスオーバーが注目されています (図1上部)。クォークとハドロンが共存する「クロスオーバー領域」では音速が増大することが知られており、現在の天体観測結果ともよく整合しますが、そのメカニズムについては明らかになっていませんでした。また、クロスオーバー領域ではバリオンが持つ運動量の分布にある特徴が現れることが予想されていますが、そのミクロな起源は謎に包まれていました。こうした高密度物質の性質を知るには量子色力学(注6)を直接解く必要がありますが、それは現在のスーパーコンピュータをもってしても非常に困難な課題です。
クロスオーバー領域の物質の性質を明らかにするため、本研究チームは異なるクロスオーバー現象とのアナロジーで考える方針を取りました。比較した類似現象は、物性物理学において実験的に観測される「BEC-BCSクロスオーバー」と呼ばれる現象です。電子のようなフェルミ粒子(注7)の間に強い引力が働くと2体分子が形成されボース-アインシュタイン凝縮(BEC)状態になります。分子数が多くなると、2体分子が互いに重なり合い、やがてバーディーン-クーパー-シュリーファー(BCS)フェルミ超流動という状態へと連続的に移り変わっていくのです。BEC-BCSクロスオーバーの中間領域では、2体分子の形成と解離が絶え間なく繰り返されており、この揺らぎがミクロな物理を理解するのに極めて重要であることが知られています。
バリオンをクォークの3体分子とみなすと、3体分子の形成・解離の揺らぎがクロスオーバー領域の微視的理解の鍵であることが示唆されます。物性系におけるBEC-BCSクロスオーバー研究に着想を得た本研究チームは、物性研究で培われてきた多体理論を駆使し、世界で初めてハドロン-クォーククロスオーバーにおいて重要となる3体分子形成・解離の揺らぎを考慮した量子多体理論を構築しました。高密度物質に類似する有効模型(注8)に本理論を適用することで、先行研究で予言されていたクロスオーバー領域における音速の増大(図2)やバリオン的分子の特徴的な運動量分布(図3)を3体分子形成・解離の揺らぎの効果として自然に説明できることを明らかにしました。
物性理論に立脚した本研究は、先行研究では容易ではなかった有限温度効果などを取り入れることが可能である上、物性物理・原子核物理・宇宙物理を横断する学際的研究発展に大きく寄与することが期待されます。特に、本研究成果は原子核物理に対する物性理論の有用性を示すものであり、今後さらなる発展が見込まれます。
図2:ハドロン-クォーククロスオーバーの有効模型における音速の計算結果
横軸は化学ポテンシャルであり、粒子数密度を特徴づける熱力学量。図の左側が低密度領域に相当し、右側が高密度領域に相当する。密度上昇に伴い中間領域で音速が上昇する様子を示す。なお、横軸と縦軸はそれぞれ密度と温度を特徴づけるスケールを用いて無次元化されている。
図3 :有効模型中の「クォーク」的な粒子と「バリオン」的3体分子の運動量分布
クォーク的なフェルミ粒子の運動量分布は密度とともに単調に増加するのに対し、バリオン的な3体分子の運動量分布の低運動量成分が抑制される。物理的には、3体分子の形成・解離過程の競合によってこの低運動量成分の抑制が引き起こされており、音速の増大の要因となる。なお、横軸は温度に関連したスケールで無次元化されている。
〇関連情報:
「プレスリリース 超流動異常相での流れの担い手を粒子流の揺らぎで判別――ペアを組んだ原子の流れと単一原子の流れを判別する方法を提案――」(2023/3/8)
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻/クォーク・核物理研究機構
田島 裕之 助教、リアン ハオジャオ(LIANG HAOZHAO) 准教授
放送大学 教養学部
飯田 圭 教授(当時:高知大学教育研究部自然科学系理工学部門 教授)
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 理論センター
古城 徹 准教授
関連リンク
論文情報
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雑誌名 Physical Review Letters 論文タイトル Tripling Fluctuations and Peaked Sound Speed in Fermionic Matter著者 Hiroyuki Tajima*, Kei Iida, Toru Kojo, and Haozhao Liang *責任著者 DOI番号 10.1103/4ywp-752m
研究助成
本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:18H05406)」、「基盤研究(B)(課題番号:22H01158)」、「若手研究(課題番号:22K13981)」、「基盤研究(B)(課題番号:23H01167)」、「基盤研究(C)(課題番号:23K03377)」、「基盤研究(B)(課題番号:25K01001)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 高密度天体
量子縮退圧で自己重力による圧縮を支えるほどに高密度な天体。巨大な原子核とも形容される中性子星がその代表例であり、半径10km程度のサイズに太陽の2倍以上の質量を有する中性子星の存在も確認されている。↑
注2 ハドロン-クォーククロスオーバー
密度が増えていくにつれてハドロン(バリオンと中間子の総称)がクォーク物質へと相転移を伴わずに変化していく現象。高密度天体の観測結果から、その内部での可能性が近年議論されている。なお、バリオンは3つのクォークからなる複合粒子であり、中間子はクォークと反クォークの複合粒子である。↑
注3 BEC-BCSクロスオーバー
2粒子間相互作用を弱めていくことにより強く束縛された2体分子の凝縮状態から弱く相互作用するフェルミ超流動へ連続的に移り変わる現象。前者は分子のボースアインシュタイン凝縮(BEC)、後者は超伝導の微視的理論で知られるバーディーン-クーパー-シュリーファー(BCS)理論で説明されることから、両者の連続的な移り変わりをBEC-BCSクロスオーバーと呼ぶ。なお、BEC状態とは巨視的な数のボース粒子が最低エネルギー状態を占有する状態を指す。↑
注4 物性系
金属や半導体、気体といった物質の性質を調べる物理学の分野を物性物理学と呼び、その研究対象を物性系という。低温環境下における低エネルギー物理に焦点を当てることが多く、素粒子・原子核分野のような高エネルギー物理学と対照的であるが、量子力学に従う多粒子集団を扱うという点は共通する。↑
注5 場の量子論
粒子の生成と消滅を表す「場」という自由度で量子多体系を扱う理論体系。虚時間という概念を導入することで有限温度の物質の性質も調べることが可能となる。↑
注6 量子色力学
クォークやグルーオンといった素粒子と強い相互作用を記述する場の量子論。クォークはカラー(色)チャージと呼ばれる量子数 (赤、青、緑) を有する。量子色力学に基づく高密度物質の精密計算は符号問題と呼ばれる難題により未だに実現していない。↑
注7 フェルミ粒子とボース粒子
量子力学に従う同種粒子(識別ができない粒子)はフェルミ粒子とボース粒子に大別される。フェルミ粒子は同一点に2つ近づけないという性質(パウリの排他原理)をもつことから物質を支える構成要素として働く。電子やクォークはフェルミ粒子である。また、フェルミ粒子が超流動性を示すとき、フェルミ超流動と呼ぶ。一方、ボース粒子は低温でボースアインシュタイン凝縮と呼ばれる特殊な量子状態を示す。ボース粒子の例としてヘリウム4や光子、グルーオンが挙げられる。↑
注8 有効模型
現実を詳細まで忠実に再現する模型を厳密にシミュレーションすることは一般的に不可能であることから、興味のある物理現象の本質のみを捉えた模型を用いて現象の理解を目指すことが物理学の定石である。このときの簡易化された模型を有効模型と呼ぶ。↑

